「コラーゲンが肌に良い」はニセ科学か、それとも…ひとつの答え

なぜ人は「ニセ科学」に心惹かれるのか
伊与原 新 プロフィール

「善意の普及者」という存在

このような“物語”が目的もなく創作されるわけがない。たいていの場合、背後にはニセ科学ビジネスがある。ターゲットにされるのは、美しい“物語”がより響くタイプの人々、つまり、善意にあふれた人々だ。彼らは、誰に命じられたわけでもなく、自らの善意によって、その普及者となってしまう。

心当たりがある人も多いだろう。がん患者のもとには、得体の知れない自然食品、“神の手”を持つ鍼灸師、誰が言い出したかもわからない食事療法などを強引に勧める人々が寄ってくる。ある微生物資材が環境浄化に効果があると聞けば、その散布イベントには“意識の高い”ボランティアが大勢集まる。

彼らに、金儲けをしようなどという考えは毛頭ない。ニセ科学ビジネスに加担しているという意識もない。あるのは純粋な善意だけだ。

 

そして、皆何らかの“物語”に中毒しているせいで、自らの行為の危険性にも考えが及ばない。代替医療を勧めることが患者から標準治療を受ける機会を奪いかねないということや、河川に投入した微生物資材がむしろ汚濁源になっているという可能性に。

“物語”によく用いられる構図は、人工は悪、自然は善という単純な二項対立である。添加物まみれの食生活が引き起こした病を、自然由来の食品がもつ根源的パワーが退治するという勧善懲悪劇。人間が汚した自然環境を微生物たちが回復してくれるという『風の谷のナウシカ』風ストーリーも、一定の説得力を持つようだ。

“物語”の中では、自然に潜む危険を取り除く努力を科学が重ねてきたという事実は完全に無視される。“物語”信奉者にとって重要なのは、科学的エビデンスではない。それがいかに自分の直感と感情にフィットするか、なのだ。

ニセ科学ビジネス以外にも、物語化された科学が利用されている分野がある。道徳教育だ。前述の「水からの伝言」は、一時期多くの小学校で道徳の時間に取り上げられたという。人間の体も大部分が水できているのだから、友だちや家族に汚い言葉を使ってはいけない、と教えるわけだ。

最近は、日本ミツバチの習性を道徳で取り上げようという動きもあると聞いた。巣に侵入してきたスズメバチを撃退するために、日本ミツバチは蜂球というものを作る(実はトウヨウミツバチすべての習性だそうだが)。集団でスズメバチを取り囲み、内部の温度を上げて蒸し殺してしまうのだ。

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つまり、日本ミツバチは団結して大きな敵と戦う。自らを犠牲にして仲間を守る。それを公徳心や日本人の美徳、ひいては武士道にまで結びつけて生徒に説くということらしい。うすら寒くなるような、きな臭い話だ。

念のために付け加えておくが、日本ミツバチは「仲間のために命を賭けよう!」と悲壮な覚悟を持って蜂球に加わるわけではない。利他的行動をとるよう遺伝子にプログラムされている昆虫はいくらでもいる。

目的が正しいからいい、理科の授業ではないからいい、というわけにはいかない。手段をニセ科学的言説に依っている時点で、それは教育に値しないだろう。さらに残念なことに、この種の“美談”は子どもたちから保護者へと伝わり、醜聞に負けない速度でネット上に拡散して、人々に消費される。