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元衆議院議員が「日本書紀」から森友文書問題の本質を紐解いてみた

私たちが見過ごしてきた社会の膿
森友文書改ざん問題の既視感はどこから来るのか? 「日本書紀」に文書管理をめぐる問題の起点が見られる? 元衆議院議員であり、戸籍の調査研究で古文書にも触れている井戸まさえさんが、独自の視点で森友文書問題を考察する。

太田理財局長の「らしい」姿

「あれ? 太田硝子店の、太田君じゃない?」

国会中継で答弁している理財局長となった太田充氏の姿を見て、太田氏の出身地、島根の同級生たちは驚いたという。

成績は常にトップ。当時、島根県では「地域一番校」の生徒たちが通える塾も予備校もなかったが、太田氏は初めて行なわれた共通一次試験でほぼ満点だったはず、と同級生のひとりは記憶している。

かといって、ガリ勉ではない。数学、物理も得意な太田氏は、不得手な同級生にいつも親切に教えてくれた。「山陰地方出身者に共通する幾ばかりかの陰りもない、ともかく明るいキャラクター」だったという。

英語の時間、和訳が当たった彼は「morning and night」を、あの少しカン高い声でゆっくりこう訳した。

「朝な夕なに」

同級生は、そのシーンを今も覚えている。「朝晩」ではなく「朝な夕なに」。ここで万葉集の言葉を使うとは。教室を包む空気が変わった。美しかった。その知性にため息が出た。

「それをやられるとさすがに、いくら何でも、そんなつもりは全くありません。それはいくら何でも、それはいくら何でもご容赦ください」

連日の太田氏の国会答弁が思い出に重なる。損な役回りを必死にこなしている姿を「らしい」と思いながら。

 

議事録削除された的外れの質問

ああ、わかる。

太田市の同級生たちの言葉を聞いて、納得する。

私も現職の衆議院議員時代、首相補佐官を務めた太田氏と接したことがあるからだ。まったく同じ印象だった。

「太田氏より、佐川宣寿氏のほうが近かった。勉強会の講師で来てもらったこともある」

民主党政権時代に閣内にいたある政治家はこう言う。

「勉強会」とは、将来総理や大臣を目指す政治家たちが自主的に主催する私的な会で、そこで自分の派閥やグループの若手議員等と学者や官僚と定期的に政策鍛錬を行なう場として機能している。勉強会が終われば懇親の場があり、酒を酌み交わしながら互いをさらに知る時間を持つ。

官僚たちにとってもそれは益のあることで、財務省、厚労省、外務省等々省庁を問わず幅広く人脈と、政策理解のための素地作り、つまりは業務の一環として彼らは出席しているのだ。

こうした「勉強会」は与野党問わず、無数に行なわれている。民主党が野党になってからも続けられているし、当然だが与党であった、現在与党である自民党議員の方ではさらに長期に渡り、分厚い交流があることは想像に難くない。

「増税派だから、アベノミクスをつぶすために、安倍政権をおとしめるために、意図的に変な答弁をしているんじゃないですか?」

太田氏に対しての議事録削除された質問はそうした素地を踏まえると、いかに的外れかということもわかるであろう。

国会での攻防はその濃淡は別にしろ答弁者と質問者が人間関係がある中で行なわれているのは珍しくないのだ。