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92歳、橋田壽賀子が説く「執着しない」老後の歩き方

自分中心に生きて、あの世へ行こう

92歳の橋田壽賀子さんの「自分を楽にする」生き方は、徹底した現実主義に根ざしています。41歳での晩婚、不妊、そして4歳歳下の夫にがんで先立たれたこと。 それなのに、どうして天涯孤独の今、「自由で幸せ」という心境にたどり着けたのでしょうか。その秘訣をインタビューしました。

「報いがあって当然」は間違い

―橋田さんは、長寿シリーズとなった『渡る世間は鬼ばかり』など、数多くのホームドラマを手がけながら、身近でリアルな人間関係を見つめてこられました。

結局、私は二流なんですよ。一流の作家には自分でフィクションを組み立てる才能がありますが、私は自分のわかる範囲のことしか書けない。不倫や殺し、ベッドシーンは書かないと決めていました。

でも自分なりに書きたいテーマはあって、たとえば『となりの芝生』('76年・NHK)のときは、核家族時代にあえて嫁姑問題を取り上げました。

かつては強かった姑が、お嫁さんに対して遠慮している当時の風潮は間違いだと思った。対等でいいんだよということを伝えたくて書いたら、観てくださった皆さんが、「うちでも嫁姑はこんなふうだ」と。離れて暮らしていても、本当は誰にとっても切実な問題だったんです。

反戦も、書きたかったテーマのひとつ。『おんな太閤記』('81年)でねねが最後に家康についたのは、戦のない世を実現してくれると思ったから。『おしん』('83~'84年)で主人公が反戦の姿勢を貫くのは、私が若い頃に海軍の経理部にいて、戦争で儲けた人たちをたくさん見たからです。

そうした書きたいテーマをどう物語にするかというのが、一生のテーマでしたね。

―1年ものの朝ドラを3本、大河ドラマを3本執筆。往時の多忙ぶりは本書から伝わってきます。

平均すると(原稿用紙)20枚くらいを毎日。忙しかったですが、若かったので二晩、三晩の徹夜は平気でした。そんな毎日でも、亡くなった夫(元TBSプロデューサー・岩崎嘉一氏)の食事や家事からは手を抜けなかった。彼は、愚痴をこぼすとすぐ「だったらやめろ」と言う人だったんです。

脚本家の宿命はそういうものだ、わかってて仕事を受けたんだろ、と。確かに、100人以上が関わるドラマの現場に迷惑はかけられない。使命感と、頑張ればいつかはテレビで放送されるんだという喜びもありましたからね。

いやいや書いたことは一度もなく、一生懸命、夢中で書けました。

―そうして92歳の現在、たどり着いた境地が「恨みっこなし」。本書の〈「誰も恨まない老後」のための12箇条〉の章では、お金、モノ、家族や人間関係など、いずれも“執着しない”ことの大切さを説かれています。

何事も「報いがあって当然だ」と思っちゃいけない。思った通りにお金は入ってこないし、子どもが家に寄り付かないのは当たり前。「あんなにしてやったのに」と虚しく感じるかもしれないけど、そもそもご自分が好きでやったんでしょう?

その時々で思った通りにやった満足が残っていれば、それでいい。孤独死くらい、覚悟しておかなくちゃいけません。

趣味の客船クルーズで出会った94歳の女性は、「息子なんかいないと思っています。孫もいらない。私ひとりでいいんです」と。なるほど、こんなに達観した方もいらっしゃるんだと感心しました。

子どもや家から精神的に自立して、自分たちで楽しまなきゃ。私には子どもも孫もいませんが、財産を残してもかえって子や孫のためにならないからという方も、たくさんいらっしゃいますね。

元気でなくなったら死んでもいい

―執着を持たない姿勢の究極は「生」にも。昨年出版された著書『安楽死で死なせて下さい』は、大反響を呼びました。

「安楽死できれば」という同世代の知り合いは何人もいます。自分が役に立たなくなって、体もしんどく、子どもや他人に迷惑をかけているなら、辛い思いをして生きるよりも……と。

倫理的な問題はありますが、本人の意思がはっきりしていて家族も了解していたら、判定員の方とお医者さまとの相談の上、安らかにお送りしましょうか、という判断をすることも、私はあっていいと思うんです。尊厳死に近いかもしれません。

安楽死はひとつの保険みたいなものに思えるんです。いざとなったらこういうふうに死ねるんだと思えば、元気なうちにお金を使って、楽しく過ごそうという意欲が湧いてくるじゃないですか(笑)。