2018年4月25~28日、北朝鮮の金正恩労働党委員長は、初の国際外交の舞台として、夫人とともに中国を電撃訪問して、世界を驚かせた。年初からほぼ毎週、北朝鮮の動向が世界のメディアを賑わしている。
昨年まで北朝鮮は核実験や弾道ミサイル発射試験を繰り返し、朝鮮半島の軍事的緊張が高まったが、平昌オリンピックへの参加を機に、一気に融和ムードへ転換を図っている。
軍事的緊張をテコに外交的妥結を図る、北朝鮮の「瀬戸際外交戦略」は今も健在だ。
米国へのアプローチもよく計算されているといわざるをえない。
2017年、北朝鮮は米国務省と水面下で協議を続けていたが、国務省が対北交渉を進めようとするたびにトランプ大統領がこれをツイッターでぶっ潰していた。
年末に、国務省と大統領の不仲が明白になると、北朝鮮は、国務省ルートでのアプローチを中断した模様である。
代わりに、平昌オリンピック参加を機に、南北関係の流れを一気に変えて、南北首脳会談の開催合意で韓国の文在寅大統領とガッチリとタッグを組んだ。
韓国大統領経由で米国大統領から米朝首脳会談開催の言質を取り付けることに成功したことになる。
2013年以降、悪化の一途を辿っていた中国との関係も、金正恩委員長による中国電撃訪問で一気に改善へと流れを転換させた。中国の習近平国家主席が全国人民代表大会で盤石な新指導体制を確立した直後という絶妙のタイミングだ。
移り気なトランプ大統領への対抗手段として、中国も自分の側に惹きつけた形である。
とはいえ、中朝関係が一気に仲直りしたとは、まだ判断し難い。北朝鮮は依然、中国の意思とは独立して核計画を進めており、中国が北朝鮮をコントロールできるというわけではない状況に変わりはない。
何よりも重要なこととして、北朝鮮は他方でしっかりとプルトニウム増産体制を整えている。つまり、核計画を着実に進めている。
プルトニウムを生産するための黒鉛減速炉は、3月初め時点で稼働中であったことが衛星写真で確認されている(注1)。
また、新たに実験用軽水炉もおそらく完成させつつあるようで、試験稼働が始まった可能性が一部から指摘されている(注2)。
この実験用軽水炉は、1990年代以降、日米韓などが主導して、「核拡散抵抗性が高い」原子炉として、2000年台後半まで建設を支援していたものだ。
その後、北朝鮮が核実験を行ったため、支援が停止され、北朝鮮単独では原子炉の完成は困難と長らく考えられていた。しかし、どうやら北朝鮮は独自でやってのけつつあるようだ。ただ、軽水炉がどこまで完成に近づいているのか、専門家の間で議論が続いている。
この軽水炉がフル稼働すれば、年間の兵器級プルトニウム生産量は約20キログラムと、従来の黒鉛減速炉の生産量の4倍強になりうる可能性が指摘されている(注3)。
北朝鮮は、これらの動きがアメリカによって偵察衛星で確認されていることを周知である。「アメリカは、我々と早くディールを結んだほうがいい」とのメッセージだ。
さらにプルトニウム以外にも、複数の高濃縮ウラン製造施設の存在の可能性が米政府情報当局により推測されている。だが、これは、確定的な情報はなく、実情は不明なままだ。
北朝鮮の一挙手一投足に世界中のメディアが左右されているのを見ると、「対話と圧力」を仕掛けていたのは私たちなのか、それとも北朝鮮なのか。ふと疑問を感じてしまう。
毎日新聞の澤田克己・外信部長によると、北朝鮮は対外交渉の際、数十人規模の分析要員を専従させて、交渉相手の性格から家族関係まで完璧に調べ上げ、何をきり出せば相手がどう反応するか、入念にシミュレーションを行っていたという。
北朝鮮の一連の行動を振り返ると、彼らは長期間にわたって、今回の「舞台」を築き上げていた形跡が見受けられる。
北朝鮮には長年の対米交渉のプロが揃っている。あまり知られていないが、彼らはこの数年間、対米交渉に向けて周到に準備してきた。交渉相手を徹底的に調べあげて、どう仕掛けるのが最適か、綿密に計算しているようだ。
混沌としたトランプ政権とは大違いである。