# 司法

真実を知りたい…「アーチャリー」と呼ばれたわたしが考えていること

麻原裁判は、これでよかったのか
松本 麗華 プロフィール

そもそも、東京高裁が憲法や刑事訴訟法を守り、手続きにのっとって父に対処していたなら、控訴趣意書の提出の問題はそもそも生じなかったと、わたしは思います。

弁護人は力を尽くしました。「麻原彰晃」という「絶対悪」に対する逆風――裁判など不要だという風潮も含め――が吹く中、7名もの精神科医を探し出し、父との面接や裁判所に提出する書類の作成をお願いし、父が公判停止を必要とする心神喪失の状態であることを、客観的にも明らかにしようとしました。

朝方まで、幾度も書類の作成をされていました。一般的には支援団体が主催する集会を、支援団体がないため自ら準備して開き、麻原裁判の問題点を社会に訴えようともされました。裁判所と打合せがあるたび、記者会見も開かれました。父との面会にも、娘のわたしたちよりも多く通い、意思疎通を試みられました。

 

弁護人は日弁連に人権救済の申立を行い、日弁連は2007年11月6日、東京拘置所長あてに、「勧告書」を出しています。

https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/hr_case/data/071106_2.pdf

この勧告書では、父に対し「適切な医療措置を速やかに実施」するよう求めています。また、必要最小限の精神科的治療すら実施していないと、東京拘置所を批判しています。

控訴審の主任弁護人を務めてくださった松下明夫先生は、弁護士としてはまだまだ働き盛りの、50代で亡くなりました。わたしには、法を無視した「麻原裁判」や、その後の懲戒請求でかけられた負担が、先生のお命を縮めてしまったのではないかと、思えてなりません。

大きく暖かく、父だけでなくわたしや姉や弟のことまで実の子どものように見守ってくださり、お話しているだけで安心できる方でした。申し訳なく、同時に心から感謝しています。

裁判は終わった。でも真相は闇の中

こうして、父の裁判は終わりました。

父が病気でしゃべれない間に、父の共犯者とされる方たちは、「事件は麻原の指示だった」「麻原に逆らったら殺されると思った」「マインドコントロールされていた」と父が事件の「首謀者」であると次々に証言しました。でも、それが本当のことかどうかは、別問題です。

刑事事件では、自分の罪を軽く見せるために、虚偽の供述で他人を陥れたり、共犯者に自分の罪をかぶせたりといったことがよくあるそうです。自分の責任が軽くなれば、本来なら実刑のところが執行猶予付きの判決になったり、本来は首謀者で死刑となるところが、手伝っただけとして無期懲役や有期刑になったりするからです。

裁判所に対して、自分の罪は軽いことをどれだけアピールするかによって、自分の将来が変わると言っても過言ではありません。実際、地下鉄サリン事件で起訴された人たちの中でも、責任を他の人に転嫁することが行われています。

しかも、世間が首謀者と考えている父は何も語れません。「指示された。逆らえなかった」と言えば責任軽くなり、社会からの批判が減るという誘惑に勝てる人は、どのくらいいるでしょうか。わたしには、とても自信がありません。

オウム裁判で重要な役割を果たした人がいます。井上嘉浩氏です。複数の方が井上氏に罪を着せられた、責任を押しつけられたと感じています。2017年12月に、最高裁の5名の裁判官全員一致で無罪が確定した菊地直子氏も、井上氏の証言により、有罪にされかけた一人です。

地下鉄サリン事件に関して、父の有罪の根拠となったのは、井上氏が語った「リムジン謀議」といわれるものです。会合からの帰路、教団幹部が乗ったリムジンの中で、父が地下鉄にサリンをまくことを指示したというのです。

このときリムジンに乗っていた他の同乗者は、井上氏の証言を否定しています。もし仮に「謀議」が存在したならば、このとき父と話をしていた、他の同乗者も地下鉄サリン事件で有罪になっていなければなりませんが、起訴さえされなかった方たちがいます。それでも裁判所は、井上氏の証言を「信用できる」として、父を有罪にしました。

ところが、です。2013年5月にNHKが放送した「未解決事件 File.02」で紹介された井上氏の手紙では、「リムジン謀議」が否定されていたのです。

番組では、<実は、リムジンでは、たとえサリンで攻めても強制捜査は避けられないという点で終わったのです>と書かれた井上氏の手紙が映し出されていました。根拠となった証言をした本人が否定しているのに、一体なぜ、父は地下鉄サリン事件で有罪のままなのでしょうか。

いわゆるオウム裁判が始まったとき、教団で「科学技術省大臣」をつとめていた村井秀夫氏は亡くなっていました。村井氏の刺殺事件も未だに大きな謎ですが、捜査機関の村井氏に対する対応もまた、謎に包まれています。

父の一審の弁護団長だった渡辺脩先生は、村井氏に対する捜査機関の動きについて、以下のように書かれています。

<麻原裁判を闘ってみて明らかになってきているのは、この村井秀夫の存在の大きさである。つまり、村井は一連の「オウム事件」のほとんどすべてに関与し、実質的にも最高指揮官であったとみられるのだが、警察は彼に対する捜査・証拠収集を全然行っていないのか、または証拠を全部隠して法廷には何も出されていないのか、いずれにしても不思議な事実である>(渡辺脩著『麻原を死刑にして、それで済むのか?』三五館2004年3月)

弁護団はまた、父と村井氏のつながり――村井氏が本当に「父の指示を伝えた」のか否かを、検察は立証できず、しようと努力もしなかったと批判しました。父が本当に村井氏を通して「指示」を出したかどうかを知っているのは、今となっては父だけです。

[写真]30年以上前の、ある日の光景。膝に抱かれているのが麗華さん(提供:松本麗華氏)30年以上前の、ある日の光景。膝に抱かれているのが麗華さん(提供:松本麗華氏)

オウム裁判は、肝心の「主役」である父の証言が得られないまま、終結してしまいました。2018年2月16日付の東京新聞には、加賀乙彦先生の言葉として「(昏迷状態の)四人は精神科病院に移したら治った。(麻原死刑囚も)場所を移して治療すれば、三日で治ることもあるかもしれない」と書かれていました。

たった3日で治ることもあるかもしれない父に対し、なぜかたくなに治療を拒否したのか。なぜ控訴趣意書が提出される1日前に控訴を棄却したのか。なぜオウム事件の重要人物である村井氏に関する捜査をしなかったのか。なぜ法廷で村井氏に触れようとしなかったのか。多くの謎は、残されたままなのです。

裁判は終結したかもしれません。でも、これほど重大な事件の真相は、本当に解明されたといえるのでしょうか。「絶対悪」とみなされている父を裁き、事件を「終結させる」ことばかりが重視されてしまったのではないのでしょうか。

そんな疑問を、少しでも持っていただけないか――。それがいま、わたしがお伝えしたいことなのです。

「アーチャリー」と呼ばれた松本麗華さんが、自身の体験・想いをつづった手記『止まった時計』文庫版が発売されました。

止まった時計書影