世界に広がる薬剤耐性菌 抗生物質が効かなくなる日

すでに耐性菌の割合が26%の薬も
山本 朋範 プロフィール

抗菌薬のない環境にも、ある程度の耐性を持っている細菌がいます。晴れの日でも小さな折り畳み傘を常備している人のような存在です。そこに抗菌薬が使われると、耐性がまったくない細菌、弱い耐性だけを持つ細菌……というように、耐性の弱いものからダメージを受けていきます。ここで、梅雨時の大雨のように、十分な期間に十分な量の抗菌薬が使われれば、小さな折り畳み傘程度の耐性の細菌にも、ダメージを与えることができます。

しかし、途中で抗菌薬の使用をやめたり、飲み忘れたりしていると、抗菌薬に耐性がない細菌が一掃され、ある程度以上の耐性を持った細菌だけが増殖します。そこにまた、中途半端に抗菌薬を使う、ということを繰り返すうちに、徐々に強力な薬剤耐性菌が進化してくることがあります。

何度も雨に降られているうちに、小さな折り畳み傘をやめて、レインコートと長靴の完全防備に切り替える人が現れるのに似ているかもしれません。

薬剤耐性が生まれるまで 提供:国立国際医療研究センター AMR臨床リファレンスセンター

この、抗菌薬が使われているけれども生き残っている菌がいる、という状態の危険性を、実験室レベルで再現した研究があります(Baymほか, 2016)。

大腸菌が増えるのに必要な養分を溶かした長方形の寒天の両端に、薬剤耐性でない大腸菌を植えます。両端には抗菌薬が含まれていませんが、中心に向かうほど抗菌薬の濃度が段階的に高くなっています。中心は、最小発育阻止濃度(その種類の細菌が増えることができなくなる最低限の濃度)の1,000倍もの高濃度です。通常であれば、それだけの抗菌薬が含まれる場所では、大腸菌は増えることができません。

この条件で大腸菌を培養した結果、以下のようになりました。

両端から増殖する大腸菌は、抗菌薬の濃度が高くなる境界線でそれ以上増えられなくなります。しかし、しばらく待っていると、その境界線を突破する菌が現れ、新しい領域を埋め尽くします。

次の境界線でまた止まりますが、やはり突破されます。これを繰り返していくうちに、1,000倍濃度の中心まで、大腸菌で埋め尽くされてしまいました。

ここまでにかかった時間はわずか11日。そのあいだに大腸菌は進化を繰り返し、薬剤耐性を獲得してしまったのです。以下はこの様子を撮影した動画です。薬剤耐性菌が進化していく姿を実際に見ることができる大変貴重な映像です。

 
The Evolution of Bacteria on a “Mega-Plate” Petri Dish (Kishony Lab / Harvard Medical School)
抗菌薬の濃度が一定でないことで起こる、薬剤耐性の素早い進化を示す実験。動画の最後で細菌の上に重ねられた樹形図は、細菌が起こした進化の道筋を示している。

細菌の進化を踏まえた、適切な薬の使い方

病院や薬局で、「この抗菌薬は最後まで飲んでくださいね」と言われることがあります。これは、薬剤耐性菌の出現を防ぐことが目的です。

先ほどの研究でも(動画には登場しませんが)、大腸菌を植えた場所の近くで、いきなり高濃度の抗菌薬を使うと、長く観察しても耐性菌は出現しませんでした。耐性の強い細菌の進化を防ぐためには、適切な量と期間を守ることが大切なのです。

「もう治った」という自分の判断で飲むのを途中でやめてしまったり、「いつか必要なときに備えて」と残しておいたり、という抗菌薬の使い方は、全世界を巻き込んで、抗菌薬が使えない未来を招いてしまう危険性をはらんでいます。

抗菌薬を処方されて飲んでいたら「薬が身体にあわなくて悪影響が出た」と思った場合も、実は抗菌薬のせいではなく、もともとの病気の症状だった、ということもあります。自己判断で飲むのをやめたりせず、病院や薬局に相談をした方が良いそうです。

抗菌薬を使っている限り、薬剤耐性菌出現のリスクは避けられません。それは細菌という生物に進化する性質がある以上、どうしようもないことです。そういう意味では、感染症の予防に努めるなどして、そもそも抗菌薬を処方される機会を減らすこともとても大切です。

といっても、細菌の感染症から身を守るために、どうしても使いたい局面もあります。使わなければいけないのであれば、せめて私たち一人ひとりが適切に使うことで、薬剤耐性菌の出現の可能性をできるだけ下げるようにしたいですね。

薬剤耐性菌の出現から世界と自分自身を守る、もっと具体的な方法に興味がある人に、参考になるおすすめのサイトがあります。薬剤耐性問題が視覚的にわかる動画やイラストなど、さまざまな情報が掲載されています。ぜひ覗いてみてください。

かしこく治して、明日につなぐ 〜抗菌薬を上手に使ってAMR対策〜」(国立国際医療研究センター AMR臨床リファレンスセンター