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この国のずさんすぎる「公文書管理」〜だから問題が繰り返される

サービスから義務への転換が急務だ
森友文書改ざんが大問題になっている。日本の情報公開・文書管理制度は現在どのような状態にあるのか? なぜ日本の政治家は「大事な情報」を残さないのか? 山田健太・専修大学教授(言論法/ジャーナリズム研究)が考察。

日本社会の行く末を占う大問題

直接的には3月2日の朝日報道に始まった公文書改ざん・書き換え問題は、いまや大きな社会的話題になっている。

一方で、「佐川を呼んでもやっぱり何も出てこなかったじゃないか」「役人なんてどうせ文書を書き換えるのが仕事なんだから」「いまは盛り上がってるけど所詮は打ち上げ花火で、どうせあと1ヵ月もすればもとの鞘に戻るに決まってる」など、巷には<やっぱり>や<どうせ>の諦め感が強いのも、また事実だ。

しかしこの問題は、こうした<訳知り顔>で終わらせてしまうには、あまりにももったいない。

 

しかも政局話ではなく、曰く付きの土地をめぐる日本維新の会等をめぐる政治の闇にどこまで迫れるのか、政権がここ15年着実進めて来た教育改革の象徴である愛国教育が、社会にどのような歪みを産んで来ているのか。

――これらは単に森友学園の問題でも、首相夫人を通じ官邸に忖度があったのかどうかでは済まない、いまの日本社会の少なくとも政治選択の行く末を占う、大きな問題だからだ。

そのとっかかりの一つが、佐川宣寿・前国税庁長官の国会喚問であったということにすぎない。

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なぜ書き換えたのか、そもそもなぜ大幅値引きをしたのか、それらに官邸・政治家からの指示はあったのか、から解明が始まることもまた確かではある。

そして書き換えが自身の意図だとすれば、その直前の国会答弁でなぜ、相当にグレーな言い方で誤魔化そうとしたのか。

少し古い言い方をあえて使うならば、公僕としての国家公務員であった者として、きちんと正直に語る必要があるのは言うまでもない。墓場に持って行くほどの秘匿すべき国家秘密があったとすれば、それはそれで由々しき問題である。

これらの解明は、喚問で終わったのではなく、まだ端緒についたばかりだ。

情報隠蔽体質を変えることができるか

そしてもう一つの重要なポイントが、官僚による公文書の廃棄・改ざん体質や政治家の情報隠蔽体質を、ここで変えることができるのかどうかである。日本の民主主義を占ううえでは、この課題が一番重いとも言える。

2001年に情報公開法が施行されたが、この法律は日本では稀有な市民発の立法である。公害や政治疑獄の根絶を願う多くの市民の熱い想いが、はじめは各地の条例に、そして最終的には法律として結実した。

知る権利が明文化されなかったり、適用除外の基準が曖昧であるなど、満点ではないものの、それなりに当時の世界標準の内容であったと言えよう。

しかしそれから20年弱、社会環境も市民意識も大きく変わったものの法律は一度も改正されることなく、いまや世界の中で周回遅れの内容に成り下がっている。

そればかりか、ジャーナリズムや市民からの批判があるたびに、官公庁の対応はより巧妙に情報を隠す方向に働き、状況は悪化している側面も少なくない。今回は、その象徴的な事例でもあるのだ。