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佐川氏証人喚問で露呈した「小学生レベルの道徳性」

あの情けない姿を心理学的に見ると…

「俺の人生は、一体何だったのだろう」

3月27日、国会での証人喚問を受けた佐川宣寿・前国税長長官は、このように自問する日々を送っているのではないだろうか。

東大を卒業し、官庁の中の官庁である財務省に入り、大臣秘書官、関税局長、理財局長、そして国税庁長官など、華々しい経歴を歩んで来た佐川氏であったが、まさにそのキャリアの最後で疑惑にまみれ,その地位も名誉も地に堕ちた。

今年の確定申告のさなかに自ら財務省を辞職した後、証人喚問の場に引きずり出され、今後は大阪地検特捜部の捜査の手も及ぶことが予想されている。

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大きな不満と不信が残った

さて、衆参両院の予算委員会で佐川氏の証人喚問が行われたが、その証言を巡っては厳しい批判が相次いでいる。

特に、文書改ざんの経緯や自身の関与については、証言拒否を繰り返し、その数は50回近くにも及んだ。

その一方で、改ざんに対して官邸側からの指示があったかどうかという点に関しては、明確に否定した。

まさに自己保身に汲々とし、上におもねる姿は、理財局長時代の国会答弁と何ら変わらず、その小役人ぶりは徹底していた。辞めてまで政権の顔色をうかがうその姿は、哀れですらあった。

 

とはいえ、きちんととらえておかねばならないことは、刑事訴追を受けるおそれのある場合など、正当な理由があるときは証言を拒むことができるという証人に保障された正当な権利についてである。多分に乱用したきらいはあるが、彼はその権利を行使したにすぎないとも言える。

また、偽証したときは、刑事罰が科される可能性があることから、彼が官邸からの指示を明確に否定したということは、官邸側からの「明確な指示」はなかったのだろう。

これらを割り引いても、やはり佐川氏の証言とその態度には大きな不満と不信が残る。

特に、問題になっているのは「明確な指示」の有無よりも、財務官僚による忖度の有無であり、文書の改ざんはもとより、国有地の不当な値引きはあったのかどうかについて、忖度がはたらいて行政がゆがめられたのかどうかということである。

それは当然彼もわかっているはずだ、しかし、それについては、「内心のことはわからない」と逃げの証言に終始した。

自己保身と上にへつらうのが、佐川氏の生き方なのであれば、その良し悪しは別として、それを今から急に変えることはできなかったのかもしれない。