簡単!合成生物学 キッチンで「細胞」をつくってみた

生命1.0への道 第7回
藤崎 慎吾 プロフィール

キッチンで人工細胞をつくろう!

まず第5回に掲載した細胞の模式図を思い浮かべてほしい。その基本的な構造は「細胞膜」という袋の中に、核やミトコンドリア、リボソームといった「細胞小器官」が入ったものである。これと同じものを人工的につくれば、それが人工細胞となる。その人工細胞が「生きている」とみなせるものであれば「人工生命」と言ってしまってもいい。とはいえ、もちろん最初から全部は無理である。

動物の細胞(第5回掲載のもの。イラスト・金井裕也 ブルーバックス『新しい人体の教科書 上』より)

そこで車さんのような合成生物学者は、まず袋をつくることから始めた。細胞膜は、しばしば「脂質二重膜」と表現される。リン脂質という「親水基」と「疎水基」(注1)をもつ脂質が、ずらっと二重に並んでボールのような袋状の膜となったものである。

これを「ベシクル」あるいは「リポソーム」と呼ぶが、リポソームだと細胞小器官のリボソームと混同しやすいので、以下ではベシクルに統一する(図2)。これがどうやってできるのか、詳しい過程や原理は、やはり次回で触れたい。

注1)分子の中で水と結びつきやすい部分(原子団)を「親水基」、逆に水をはじく部分を「疎水基」と呼ぶ。したがってリン脂質を水に入れれば、自動的に親水基が水分子と接するように並ぶこととなる。

図2 ベシクル(左)と、その膜を構成するリン脂質の模式図(左図https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Liposoom.jpgより、右図https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Phospholipid_TvanBrussel.edit.jpgより)

しかし実際につくるのは比較的、簡単である。それこそキッチンでもできる。材料はスーパーやドラッグストア、100円ショップなどで手に入る。

車さんが「クックパッド」に載せた方法は素人には難しすぎるので、それをわかりやすくしたバージョンを以下に載せよう。筆者が実際に試して成功した方法なので、誰にでもできるはずだ。もし、よかったら読者の皆さんも試してみてほしい。大してお金もかからない。面倒なら以下を読むだけでも、イメージはつかめるだろう。

なお、この「キッチンで人工細胞」のレシピは、東北大学工学部・分子ロボティクス研究室准教授の野村 M. 慎一郎(のむら・M・しんいちろう)さんが考案したプロトコル(手法)に基づいている。

野村さんも合成生物学の研究者だ。実施にあたっては細かいアドバイスをいただき、完成したベシクル(人工細胞膜)が本物かどうかも写真で判定していただいた。野村さんのライフワークは「スーパーで買った材料だけで、自己複製のできる細胞をつくる」ことだという。実現したら、それこそ「スーパー細胞」の誕生だ!

前置きはこのくらいにして、さっそく始めよう。

【用意するもの】

いずれもスーパーやドラッグストア、100円ショップなどで買える。500円以上するものはない。筆者は総額1,300円くらいで揃えた。

1. 鶏卵
2. 捨ててもかまわない容器(お弁当のおかず入れなど使い捨ての容器でも可)
3. 食紅(染色をしないのであれば不要)
4. タレ瓶(写真のものより小さいほうが扱いやすい)
5. にがり
6. 無水エタノール(消毒用エタノールでも可)
7. 純水(精製水でも可)
8. ポカリスエット

【あれば便利かもしれないもの】

観察したいのであれば顕微鏡は必須だが、300倍程度のものなら数千円で買える。

1. ラップ(スライドグラス等がない場合)
2. スライドグラス等の透明な板(プラスチックでも可)
3. スポイトまたは注射器(100円ショップで買えるようなもので可)
4. 学習顕微鏡(生物顕微鏡)またはスマホ用顕微鏡(200~300倍)

【手順】

1. 適当な容器に卵の黄身だけを割り入れる。
2. タレ瓶で黄身を少し吸い上げる(容量の5分の1くらいでいい)。
3. 黄身より少し多めのエタノールを入れる。これによって卵の黄身が持っている脂質を溶かしだす。
4. にがりを数滴垂らす。これにより黄身のタンパク質を固まらせて、沈殿しやすくする。
5. 軽く振って混ぜる。すると全体として、おぼろ豆腐状に固まる。エタノールを入れた段階で少し振っておき、後からにがりを加えて、また振ってもよい。筆者の場合、そのほうが次の6.で、より多くの脂質を得られた気がする。
6. しばらく置いておくと、黄色い半透明の上澄みができてくる。ここに脂質が溶けている。
7. 上澄みだけをスポイトなどで慎重に吸い上げる。
8. スライドグラスかラップなどの上に数滴垂らす。
9. 数十分、放っておいて乾かす。この時、何枚か試料をつくっておくと、やり直したくなった時に時間を節約できる。ドライヤーやホットプレートなどを使って乾かしてもいいと思うが、筆者は試していない。
10. 乾いた脂質の上に、ポカリスエットを数滴垂らす。純水や精製水でもいいと思われるが、イオン(電解質)を含むポカリスエットのほうが、脂質表面の電荷を安定させるので、よりベシクルをつくりやすくなるらしい。なお野村さんによると、アクエリアスではうまくいかないという。
11. 数分後、顕微鏡等でベシクルができているかを観察する。丸くてきれいなものは、プロの研究室でもなかなかできない。たいてい歪んでいるし、まわりにべとべとした脂質がくっついていたりする。むしろ見てくれのよくないほうが、本物である可能性が高い。これで満足できれば終了。確実に、ただの泡ではないことを証明したくなったら、以下の手順に進む。
12. ポカリスエットに食紅を適量入れて溶かす。
13. できた液を乾いた脂質の上に垂らす。
14. 数分後、さらに純水か精製水を垂らして2~3倍に薄める。カバーグラスがあれば、載せたほうがいいかもしれない。
15. 顕微鏡で観察する。内部が赤く染まった小胞があれば、それは食紅を取りこんだベシクルだとわかる。ただの泡であれば染まらない。手順14で薄めたため、ベシクルも拡散して見つけにくくなっているだろうが、根気よく探す。
16. 必要に応じて写真を撮る。スマホ用の顕微鏡を使えば簡単だが、普通の学習顕微鏡等でも接眼レンズにスマホをくっつければ、何とか撮ることはできる。手順11や15の写真は、この方法で撮影した。

なお、上記手順の15でできたベシクルのいくつかを、とあるラボに依頼して、ちゃんとしたプロ用の顕微鏡で撮影してもらった(写真2)。けっこう、きれいな膜のラインが写っている。

写真2 食紅の入ったポカリスエットを取りこんで、中が赤く染まったベシクル(上)と、それがたくさん集まって塊となっている様子

というわけで人工細胞をつくる最初のステップは、さほど難しくなかった。試料を乾燥させたり、写真を撮ったりする時間を除けば、作業時間は30分以下だったと思う。それで本物の細胞膜と全く同じものを、つくってしまったのである。

野村さんのプロトコルには、この後、ベシクルの中にDNAを入れる方法も書かれている。そこまでいくと、さすがにちょっと手間だし、あまり自信がなかったので筆者は試さなかった。しかし興味がある人のために、ざっと紹介しておこう。

まずDNAそのものを得る方法だが、これはネットにいくらでも載っている。「DNA」「抽出」「キッチン」というような組み合わせで、検索してみるといい。例えば以下のようなサイトが目についた。

キッチンでバナナのDNAを抽出してみよう!
http://rikabank.org/experiment/biology/gene/1914/


家でできる科学実験:キッチン用品を使ってDNAを抽出してみよう!
http://karapaia.com/archives/52121971.html


これで首尾よくDNAがとれたら、それを軽く乾燥させた後、手順7で得られた卵の脂質と混ぜる。その混ぜたものをスライドグラス等の上に垂らして、しばらく乾燥させたら、そこにポカリスエットを垂らして再び乾燥させる。最後に純水か精製水を垂らすと、DNAを内包したベシクルができる。

あらかじめDNA自体を染色しておけば、ちゃんと中に入っているかどうかを確認できるだろう。要するに手順13では食紅で染色したポカリスエットだけをベシクルの中に入れたが、同じ要領でDNAなども入れられるということだ。

念のために言っておくと、これでできたDNA入り人工細胞が、本物の細胞と同じように分裂して増えたりすることはない。さすがに、そこまで単純ではない。もし増えてしまったら、野村さんのライフワークもすでに実現していることになる。あくまでも細胞を部分的に再構成しただけだ。つまり細胞の単純化されたモデルというか、細胞もどきである。

とはいえ「もどき」であっても、キッチンで簡単にできてしまうところが重要だ。実際に自分でやってみれば、野村さんのライフワークもあながち荒唐無稽ではないことがわかるだろう。

これが、ちゃんとした実験室で、一般には手に入らないような素材や薬や、道具などを駆使しなければできないとなると、そもそも原始地球で「勝手に」生命が発生することなど望むべくもないはずだ。それこそ「造物主」の存在を想定しなければならなくなる。

生命は案外、簡単にできてしまうのかもしれない。少し手先の器用な人だったら、明日にでも冷蔵庫やコンロの前で「神様」になってしまったりするかもしれない。「キッチンで人工細胞」は、そんな、ちょっとゾクッとするような気分を味わえる実験なのである。「クックパッド」で封印されたパンドラの箱を、この記事は再び開いてしまったのだろうか……。

というわけで次回はプロの実験室で行われている、さらにスリリングな研究に迫ってみるつもりだ。

その前に、久しぶりだがアンケートをお願いしてみたい。今回、紹介した「レシピ」について、以下のリンクから気軽にポチッと答えてもらえれば幸いである。

「レシピ」についてのアンケートはこちらhttps://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSdd1i9PTPmnY8CW5KiGGcm20lEsuJ_J-W_8P9D8Oy-eDbD11Q/viewform

第8回に続く★