キッチンで人工細胞をつくろう!
まず第5回に掲載した細胞の模式図を思い浮かべてほしい。その基本的な構造は「細胞膜」という袋の中に、核やミトコンドリア、リボソームといった「細胞小器官」が入ったものである。これと同じものを人工的につくれば、それが人工細胞となる。その人工細胞が「生きている」とみなせるものであれば「人工生命」と言ってしまってもいい。とはいえ、もちろん最初から全部は無理である。
そこで車さんのような合成生物学者は、まず袋をつくることから始めた。細胞膜は、しばしば「脂質二重膜」と表現される。リン脂質という「親水基」と「疎水基」(注1)をもつ脂質が、ずらっと二重に並んでボールのような袋状の膜となったものである。
これを「ベシクル」あるいは「リポソーム」と呼ぶが、リポソームだと細胞小器官のリボソームと混同しやすいので、以下ではベシクルに統一する(図2)。これがどうやってできるのか、詳しい過程や原理は、やはり次回で触れたい。
注1)分子の中で水と結びつきやすい部分(原子団)を「親水基」、逆に水をはじく部分を「疎水基」と呼ぶ。したがってリン脂質を水に入れれば、自動的に親水基が水分子と接するように並ぶこととなる。
しかし実際につくるのは比較的、簡単である。それこそキッチンでもできる。材料はスーパーやドラッグストア、100円ショップなどで手に入る。
車さんが「クックパッド」に載せた方法は素人には難しすぎるので、それをわかりやすくしたバージョンを以下に載せよう。筆者が実際に試して成功した方法なので、誰にでもできるはずだ。もし、よかったら読者の皆さんも試してみてほしい。大してお金もかからない。面倒なら以下を読むだけでも、イメージはつかめるだろう。
なお、この「キッチンで人工細胞」のレシピは、東北大学工学部・分子ロボティクス研究室准教授の野村 M. 慎一郎(のむら・M・しんいちろう)さんが考案したプロトコル(手法)に基づいている。
野村さんも合成生物学の研究者だ。実施にあたっては細かいアドバイスをいただき、完成したベシクル(人工細胞膜)が本物かどうかも写真で判定していただいた。野村さんのライフワークは「スーパーで買った材料だけで、自己複製のできる細胞をつくる」ことだという。実現したら、それこそ「スーパー細胞」の誕生だ!
前置きはこのくらいにして、さっそく始めよう。
【用意するもの】
いずれもスーパーやドラッグストア、100円ショップなどで買える。500円以上するものはない。筆者は総額1,300円くらいで揃えた。

1. 鶏卵
2. 捨ててもかまわない容器(お弁当のおかず入れなど使い捨ての容器
3. 食紅(染色をしないのであれば不要)
4. タレ瓶(写真のものより小さいほうが扱いやすい)
5. にがり
6. 無水エタノール(消毒用エタノールでも可)
7. 純水(精製水でも可)
8. ポカリスエット
【あれば便利かもしれないもの】
観察したいのであれば顕微鏡は必須だが、300倍程度のものなら数千円で買える。

1. ラップ(スライドグラス等がない場合)
2. スライドグラス等の透明な板(プラスチックでも可)
3. スポイトまたは注射器(100円ショップで買えるようなもので可)
4. 学習顕微鏡(生物顕微鏡)またはスマホ用顕微鏡(200~300倍)
【手順】














なお、上記手順の15でできたベシクルのいくつかを、とあるラボに依頼して、ちゃんとしたプロ用の顕微鏡で撮影してもらった(写真2)。けっこう、きれいな膜のラインが写っている。
というわけで人工細胞をつくる最初のステップは、さほど難しくなかった。試料を乾燥させたり、写真を撮ったりする時間を除けば、作業時間は30分以下だったと思う。それで本物の細胞膜と全く同じものを、つくってしまったのである。
野村さんのプロトコルには、この後、ベシクルの中にDNAを入れる方法も書かれている。そこまでいくと、さすがにちょっと手間だし、あまり自信がなかったので筆者は試さなかった。しかし興味がある人のために、ざっと紹介しておこう。
まずDNAそのものを得る方法だが、これはネットにいくらでも載っている。「DNA」「抽出」「キッチン」というような組み合わせで、検索してみるといい。例えば以下のようなサイトが目についた。
キッチンでバナナのDNAを抽出してみよう!
http://rikabank.org/experiment/biology/gene/1914/
家でできる科学実験:キッチン用品を使ってDNAを抽出してみよう!
http://karapaia.com/archives/52121971.html
これで首尾よくDNAがとれたら、それを軽く乾燥させた後、手順7で得られた卵の脂質と混ぜる。その混ぜたものをスライドグラス等の上に垂らして、しばらく乾燥させたら、そこにポカリスエットを垂らして再び乾燥させる。最後に純水か精製水を垂らすと、DNAを内包したベシクルができる。
あらかじめDNA自体を染色しておけば、ちゃんと中に入っているかどうかを確認できるだろう。要するに手順13では食紅で染色したポカリスエットだけをベシクルの中に入れたが、同じ要領でDNAなども入れられるということだ。
念のために言っておくと、これでできたDNA入り人工細胞が、本物の細胞と同じように分裂して増えたりすることはない。さすがに、そこまで単純ではない。もし増えてしまったら、野村さんのライフワークもすでに実現していることになる。あくまでも細胞を部分的に再構成しただけだ。つまり細胞の単純化されたモデルというか、細胞もどきである。
とはいえ「もどき」であっても、キッチンで簡単にできてしまうところが重要だ。実際に自分でやってみれば、野村さんのライフワークもあながち荒唐無稽ではないことがわかるだろう。
これが、ちゃんとした実験室で、一般には手に入らないような素材や薬や、道具などを駆使しなければできないとなると、そもそも原始地球で「勝手に」生命が発生することなど望むべくもないはずだ。それこそ「造物主」の存在を想定しなければならなくなる。
生命は案外、簡単にできてしまうのかもしれない。少し手先の器用な人だったら、明日にでも冷蔵庫やコンロの前で「神様」になってしまったりするかもしれない。「キッチンで人工細胞」は、そんな、ちょっとゾクッとするような気分を味わえる実験なのである。「クックパッド」で封印されたパンドラの箱を、この記事は再び開いてしまったのだろうか……。
というわけで次回はプロの実験室で行われている、さらにスリリングな研究に迫ってみるつもりだ。
その前に、久しぶりだがアンケートをお願いしてみたい。今回、紹介した「レシピ」について、以下のリンクから気軽にポチッと答えてもらえれば幸いである。
「レシピ」についてのアンケートはこちら(https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSdd1i9PTPmnY8CW5KiGGcm20lEsuJ_J-W_8P9D8Oy-eDbD11Q/viewform)
★第8回に続く★