東京駅から新幹線に乗る時、私には格別の楽しみがある。
その楽しみのために、わざわざ新幹線を選んで出張すると言ってもいい。その楽しみとは駅弁だ。自宅を発つ前から、いや出張の前夜から、いやいや出張が決まったその瞬間から、私の腹は決まっている。
目指すは昔ながらの経木の「折」に入った黄色のパッケージ……。そう、横浜・崎陽軒の「シウマイ」弁当である。新幹線の旅のお供は、この弁当をおいて他にはない。
車窓を流れる景色を楽しみながら食べるシウマイ弁当は、ささやかな大人の愉悦なのだ。
なぜ崎陽軒では「シウマイ」と表記するのか――。実は同社の初代社長が栃木の出身でお国訛りがあり、「シューマイ」を「シウマイ」と発音していたのだそうだ。
さて、ご存知ない方のために、どんなお弁当か説明しよう。弁当の大きさは大人の手のひらに乗る小ぶりの長方形。俵形のごはんに、小ぶりのシウマイが5つ。脇を固めるのは甘しょっぱい筍煮、鮪の照り焼き、鶏の唐揚げ。そして、色鮮やかな卵焼きとかまぼこが一切れずつ。漬物代わりの切り昆布と千切り生姜が添えられている。
しかし、ただ「旨い」弁当であったならば、これほど、この弁当を偏愛する人は生まれなかったに違いない。実はこの弁当の楽しみはその「食べ方」にある。つまり、おかずとご飯を、どんな順番で、どのように食べるのが一番おいしいかを考えること。これがむやみに楽しいのだ。私の友人は、これを「本日の試合運び」と表現する
昨年、ある一冊の本が愛好家の間で話題になった。「食べ方図説崎陽軒シウマイ弁当編」。表紙には、すべての具材に番号が振られたシウマイ弁当が載っている。実はこの冊子、同弁当を愛する著名人の、極めて個人的な食べる順番と、食べ方のこだわりを紹介したものだ。
これを出版したのは、グルメ番組の金字塔と名高い「料理の鉄人」などの制作に関わり、食の世界に精通するテレビディレクターの市島晃生さん。当初、市島さんは、シウマイ弁当の存在こそ知っていたが、熱心なマニアではなかったと語る
「コミケと呼ばれる同人誌の世界には、ナポリタンや冷やし中華など、特定の食べ物のマニアックな食べ方に言及するマニア本が存在します。いつか、自分も仕事とは別にそんな本を出版したい。そのネタを物色していたら、シウマイ弁当を偏愛するコミュニティーの存在を知ったんです」
市島さんは自ら「食べ方学会」なる団体を作り、シウマイ弁当を愛する著名人を手当たり次第、取材し、一冊にまとめた。さて、「十人十食」と言われるシウマイ弁当にはどんな食べ方があるのか。例えば「味の手帖」編集顧問主筆で、タベアルキストの異名を持つマッキー牧元さんは、「食べ方図解」の中でこんな食べ方を披露している。
「最初は左端のシウマイから。この左端のはみ出たシウマイが最後に残ると寂しい気持ちになるので最初にたべる」
「そして左下のご飯を一俵」
「リフレッシャーのかばぼこを3分の1だけ口にする」
「シウマイ2個目を左から。1個目と2個目はカラシを載せた面を上あご側にして食べる。そのものの味を味わうため」
「すかさず左上のご飯を一俵」
「ここで筍煮。弁当のリズムを作るのは筍煮。合間に挟み、リズムをキープ」
詳しくは「食べ方図解」を読んでほしいが、マッキーさんは、いかにシウマイでご飯をおいしく食べるかを追求している。だからこそ、かまぼこを「リフレッシャー」と呼び、筍煮も弁当のリズムをキープするための脇役と位置付けている。そして、最後は一口目もシウマイなら、最後もシウマイで締めてフィニッシュするのがこだわりだ。
この他にも、構成作家・小山薫堂さんは、ご飯半俵、シウマイ半個、筍煮、切り昆布&千切り生姜(通称・こぶしょう)を繰り返す食べ方を披露。コミュニケーション・デイレクター・佐藤尚之さんは、醤油のついたシウマイを一度、ご飯の上にバウンドさせてから、口に運ぶ。こうすると、ご飯にうっすらとしょうゆ味が移り、おいしさが増すというのだ。
いずれにしても、食べ手の数だけ「食べ方」がある。その順番は無限なのだ。