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高齢者の「困った行動」の理由がわかる、異色の解説本

『老人の取扱説明書』著者インタビュー

話題の書籍『老人の取扱説明書』は、老化とはどういった現象なのかを医学的に明らかにし、実際に高齢者にどう接すればいいのか、高齢者本人はどういう行動を起こせばいいのかをわかりやすく説明した異色の解説本だ。著者の平松類さんにこの本を書いたきっかけなどを聞いた。

病院内の「マニュアル」から派生

―高齢者特有の「聞こえないふり」「キレる」「同じ話を繰り返す」といった困った行動をどう捉え、どう対処したらよいのか、懇切丁寧に解説した『老人の取扱説明書』。これまでにない視点の解説書だと評判です。

私は眼科医なので、高齢者と接する機会が多いんです。街のクリニックだと若い方も来ますが、総合病院の眼科は患者さんの8割ほどが高齢者です。10年以上、延べ10万人以上の高齢者と向き合ってきました。

そのなかで見えてきたのは高齢者の周りにいる人間の「誤解」です。

例えばある高齢者が急に新聞や本を読まなくなったりすると、周囲が認知症が始まったから、文字を読めなくなったのではないか、と勝手に勘違いをしてしまうことがある。でも眼の病気のせいで、自然と活字離れしていることも多い。そういう場合は、矯正や手術をすれば問題ないんですね。

―高齢者の行動の原因をちゃんと理解した上でコミュニケーションをとらないといけないということですね。

はい。老化は「年齢による体の変化」です。その変化がどのように起きて困った行動に結びつくのかの因果関係がわかると、周囲の人間と高齢者の関係もうまくいくようになるはずです。

実はこの本の出発点は、病院で職員向けに作った「院内マニュアル」なんです。

病院職員も理解不足のままだと、患者さんに失礼な言動を取ってしまうことがあります。経験の少ない若い医者や看護師が、「あのおじいちゃんはちょっと」と、苦手意識を持ってしまったりすると離職にまでつながりかねません。

マニュアルを作ったところ、職員の業務ストレスが少なくなっただけでなく、「おかげで気持ちよく受診できました」と患者さんからも手紙をいただくなど、大きな効果があった。同じ人でも接し方ひとつで相手のリアクションが変化するんです。

本書は一般読者向けですから、職員のように老人に対応する側、例えば高齢の家族を持つ方にわかりやすいように書いています。また、高齢の方ご本人や、将来の高齢化が不安な方の参考にもなるように、工夫を加えています。

―本書には老人の困った行動事例が16例あって、それぞれに「周りの人がしがちな間違い」「周りの人がすべき正しい行動」「自分がこうならないために」「自分がこうなったら」と具体的対処法が明記されています。

最初の事例は困った行動の定番、“都合の悪いことは聞こえないふりをする”です。高齢者がテレビの音は聞こえているのに自分の話は聞いてくれない、そんなこと、よくありますよね。

実は日本の高齢者の70代の半分近く、80代以上の70%以上が難聴なんです。ただ高齢者の難聴は一部の音が聞こえない、というケースが多い。具体的には、高い音が聞こえにくくなっていて、低い声が聞こえやすくなっています。だから、低い声の悪口は聞こえる(笑)。特に、女性の声は高めですから、お嫁さんから姑さんへのお願いは聞こえにくいのに悪口は聞こえやすい……嫁姑関係にもよくないです。

こういうときは、大声で繰り返して話しても効果はありません。低い声で、ゆっくり正面から話しかけるようにすれば、伝わりやすくなります。聞き取りやすそうなほうの耳に話しかける、高齢者と同じスピードで話す、単語ごとに区切って話す、数字を連続して言わないなども効果があります。

都会の高齢者ももっと元気に

―本書では社会問題化した「キレる」老人についても指摘しています。

老人が突然、「うるさい!」と怒鳴ったりしてしまうのは、自分の声も聞こえにくくなってしまっているからです。耳が悪いので電車の中や街中でも大声で話してしまう。

口調もぶっきらぼうなため、「怒っている」と思われがちなのですが、高齢者本人には悪気がないはず。難聴は認知症を加速させることもあるので、補聴器を上手に使うのも手です。

―本書全体に、老化に対するポジティブな考え方が流れています。そこに勇気づけられる人も多いと思います。

私自身が高齢の方とお話しするのが大好きなんです。先人の話は若い人の話よりよほどためになる。豊富な経験や知恵のある老人を遠ざけてしまうのは、もったいないのではないでしょうか。

老化を卑屈に捉えて、「老化しない」対策ばかりを強調する風潮にも、疑問を感じます。ごく自然体に、心身の変化を受け入れながらポジティブに考えていくのが賢明な生き方なのではないかと思います。

 

また私は、福島県や山形県での地方勤務もしてきましたが、都会と地方の老人意識の格差も気になっています。

地方だと、80~90代の人が大変元気です。100歳の白内障手術なども普通にあります。なのに都市部、特に東京では80~90代の人は街であまり見かけないし、100歳の手術などは珍しがられます。都会の高齢者ももっと元気にやれるはず、と思います。

―本人や周囲の意識と方法次第でもっと生活が変わる、人生も変わる、ということですね。

老化は「劣化」ではありません。ましてや老人は「老害」などではありません。100歳であっても、身体機能としては50~60代と同様のことを工夫次第でやりこなせます。そこを理解して、皆が高齢者と温かい関係を結べる社会になって欲しいというのが、私の願いなんです。(取材・文/窪木淳子)

『週刊現代』2018年4月7日号より