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知っていますか?「世界を救った日本の新薬」開発秘話

ノーベル賞を獲ったあの薬も

21世紀に入り、日本初の画期的新薬が続々と登場している。こうした新薬の開発に日本人科学者や日本企業が重要な役割を果たしている。平昌オリンピック選手や政治家、天皇陛下の持病からの回復を陰ながら支えた薬の存在を、この度『世界を救った日本の薬』を上梓したジャーナリストの塚崎朝子氏がレポート。

「時の政権」を復活させた特効薬

薬は人体にとって異物であり、好んで薬を使いたいと思う人は少ないだろう。しかし、「現代の日本は、薬が支えている」と言っては言い過ぎかもしれないが、“ニュースの陰に薬あり”だ。

今年2月、平昌五輪のフィギュアスケート男子、冬季五輪個人種目で日本初の連覇を達成した羽生結弦選手は、日本のみならず世界を魅了した。

実は、羽生選手は、幼少期から持病の喘息を患い、飲み薬や吸入薬で、発作を抑えていた。

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フィギュアスケートが大好きだったが、続けられるかどうか迷っていたところを、背中を押したのが、やはり喘息を抱えながら、1998年長野五輪のスピードスケートで金メダリストとなった清水宏保氏だった。

長野から16年後のソチ五輪で、羽生選手は清水氏と同じ頂点に立った。さらに4年後の平昌では、けがを負いながら、ぶっつけ本番で出場して“日の丸”の期待に応えた。もちろん、卓越した技術と並外れた精神力の賜物なのは言うまでもないが、喘息薬が進化したことも、また、陰ながら、その連覇を支えている。

同じくフィギュアスケート女子の三原舞依選手は、若年性特発性関節炎(リウマチ)による全身の痛みから復活、最後まで平昌五輪代表の座を争った。リウマチも薬の進歩が著しい病気の1つで、生物学的製剤(バイオ医薬品)には、月1回の点滴で効果が持続するものがある。

森友問題を巡り、安倍政権が揺らいでいる。佐藤栄作、吉田茂に次ぐ、戦後3位(歴代5位)のこの長期政権もまた、薬に支えられている。

安倍首相は10代の頃から、潰瘍性大腸炎という持病を抱えている。2006年9月に戦後最年少で内閣総理大臣に就任したが、1年後、あっさり辞任した。その後、理由は病気の悪化によるものと明かされたが、症状を改善する新薬が09年に登場したことで健康不安が払拭され、12年12月に再度首相の座に就くと、かくも長き政権を維持しているのである。

2019年4月、天皇陛下は退位されるが、やはり陰には薬の支えもある。

皇太子時代の1953年、外遊で結核に感染したが、既に特効薬が発見されていたために、戦前は死病とされていた病から、健康を取り戻すことができた。

日本人の2人に1人ががんにかかる時代にあって、天皇も2002年、69歳の誕生日翌日の検査で前立腺がんが見つかり、翌年摘出した。しかし再燃の兆しが見られたため、04年7月から月1回、注射薬を用いたホルモン療法が開始された。

その後は狭心症の手術なども乗り越えて、11年の東日本大震災後は被災地や避難者を励まされるなど、84歳を過ぎてなお公務に勤しまれている。

2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会委員長を務める森喜朗・元首相も、がんに罹患した1人だ。3年前に肺がんの告知を受けた森氏は、手術後にがんが再発、新薬による治療を受けつつ、大会の成功のため、無報酬で“最後の奉公”をしている。

 

実は、これらの薬の中には、“日本発の薬”が、いくつか含まれているとみられている。日本人が創った薬が、日本人を支えているのだ。

さておき、翻れば、薬は歴史を左右することもある。第二次世界大戦中、英国首相のチャーチルは肺炎にかかり、サルファ薬という抗菌薬によって救命された。皮肉にも、これは敵国ドイツ人が発見した薬だった。

一方、盟友だった米国大統領ルーズベルトは長年高血圧症を患っていたが、現代のように効き目の高い降圧薬がなかったため、大戦の勝利とその後の世界を見届けることなく脳出血で命を落とした。