# 日本文化

日本社会にしぶとく残る、男女で推奨される「ふるまい」の違い

男女平等教育の陰で…
堀井 憲一郎 プロフィール

言葉にされない「社会の芯」

「日本」の特性について考えていくと、どうしても最後の部分、この社会の芯の部分はいっさい言語化されていない、という事実にたどりついてしまう。

言葉にしない。言葉にしないけどわかりあえている。だからそのまま進む。

面倒な社会である。グローバル化に必死で抵抗している部分である。でも慣れればかなり便利な社会でもある。排他的であるには違いないのだが。

そういう風潮と、この文化はどっかでつながっている気がする。

男と女と違う所作を教える(ないしは、女だけに教えて男には教えない)ということをしていながら、それを説明をしない。説明しないところまでも含めての文化である。

「現金をナマで渡さない」というのは些細な一例でしかない。

「ノートを破って手紙の代わりとする」というのも、多く男子学生ばかりに見られる特徴である。私信を(いちおう目上である私に宛てた場合でも)引きちぎったノート1枚(だから片側はギザギザしている)に書いて渡してくることがある。少しましな場合でもレポート用紙である。

女子学生は、きちんと便箋を使う(すべてではないが、そういう傾向が強い)。女性はどこかで学び、守っている。

「たしなみ」というものだろう。「嗜み」。

日本文化の細やかな伝統を、男子に教えたところで、どうせ受け継いでいかないんだから、女子に受け継がせていく、というような民族的な知恵にも見える。女子が受け継ぐなら、母は女子にも男子にも教えそうだから、そのほうが有効だということかもしれない。

ゆるやかに、しっかりと、男の文化と女の文化が分けられている。

「意識されてない文化」だからこそ、より強い文化のようにおもう。

男の文化と女の文化が、気付かれないけれども、しっかり分けられている源流には、ひょっとして、「我が国統一の象徴存在」が「男子系統」のみ継がれていることとつながっている気はする。

が、その周辺こそが文化の源流として言語化を強く拒否するエリアなので、こういうことを言葉にしたとたん、あっという間に説得力がなくなってしまう。しかたがない。

封筒を持ってないときは、ATMの脇には、そういうときのためにか、銀行の封筒があるから、それを使えばいいのだよ。男子諸君。

かつて誰も調べなかった100の謎『週刊文春』誌上で連載されていた伝説のコラム「ホリイのずんずん調査」。どうでもよさそうなことから意味ありげなことまで、他に誰もできない(というか、やらない)調査の積み重ねから100の「謎」をセレクトした集大成!