# 司法

「アーチャリー」と呼ばれたわたしが、今伝えたいこと

オウム裁判は結審した。では真実は?
松本 麗華 プロフィール

オウム裁判に「公正さ」は不要?

阿部氏はまた、

<こうした奇異な言動から、『麻原には訴訟能力がない』と巷間言われましたが、私にはそうは思えませんでした。法廷で彼に向き合う中、そうした言動のなかに、訴訟能力を垣間みさせることがあったからです。

たとえば、弁護人が反対尋問にもかかわらず論点をずらした尋問をすると、彼は『わしには時間がないのだ』と、ポイントをついた尋問を行えという趣旨の発言をするのです>

とも語っています。

当時、父は、死刑を逃れるために病を装う卑劣な人間として報道されていました。意味不明の発言を行う父に退廷を命じる裁判官の行為も、父が本当の病気ではなく、「詐病」であるという前提に立っています。

そうであるなら、なぜ裁判官は、「わしには時間がないのだ」という言葉から、「ポイントをついた尋問を行え」という趣旨を読み取ったのでしょうか。

 

そのような発言をした人物が、忙しい社会人ならわかります。しかし、前提は父が「病を装ってまで、死刑を逃れようとしている」ということだったのではないでしょうか。詐病ならば「時間がない」どころか、裁判にできるだけ時間をかけてくれることを、望んでいるのが道理です。

しかし、こうした矛盾には、この時代の世間の「空気」の中で、焦点があてられることはありませんでした。

いわゆるオウム関連の報道は過熱し続け、わたし自身も、名前も顔も知らなかった女優の安達祐実さんを「気に入らないから殺せ」と指示したと報道されたり(フジテレビ1995年6月13日)、わたしが人を水死させるよう指示したという内容の「疑った女性も変死 オウム『アーチャリー』と謎の水死事件」(『週刊現代』2000年5月27日号)といった記事を書かれたりしました。事実とは関係がない世界になっていたのです。

とにかく、オウム関係者の「悪事を暴いた」とバッシングすれば視聴率が取れ、雑誌が売れるという時代だったのだと思います。報道と同じく、社会もまた、過熱していました。

[写真]東京拘置所を前に(撮影:堀潤氏、提供:松本麗華氏)東京拘置所を前に(撮影:堀潤氏)

そのバッシングは、弁護士にも向けられました。一審における父の弁護人は国選でした。国から選任された弁護人であったにもかかわらず、弁護人の先生方は社会から批判され、「家族に危害を加える」といった脅迫を受け、嫌がらせをされることもあったといいます。

いまから考えてみれば、裁判官の阿部氏もまた、適正な手続きにのっとり、父への医学的な治療を検討したり、公平・公正の原則を厳格に守って裁判を行おうとしていたら、社会からバッシングされ、嫌がらせや脅迫を受けたのかもしれません。

阿部氏は、いえ、当時の司法全体が、マスコミや社会の批判を恐れていたのではないかと、わたしは思っています。

(第2回につづく)

「アーチャリー」と呼ばれた松本麗華さんが、自身の体験・想いをつづった手記『止まった時計』文庫版が発売されました。

止まった時計書影