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# 司法

「アーチャリー」と呼ばれたわたしが、今伝えたいこと

オウム裁判は結審した。では真実は?
1995年、日本を震撼させた地下鉄サリン事件。オウム真理教という宗教団体が起こした一連の事件に関して、起訴されていた教団幹部らの裁判は、すべて結審した。だがこの間、私たちには何が分かり、どんな事実を知り得たのだろうか。当時、教団内で「アーチャリー」と呼ばれていた、教祖・麻原彰晃の三女・松本麗華さんが、いま感じていることを語ってくれた。

真相はどこに?

2018年1月18日、高橋克也さんの無期懲役が確定しました。地下鉄サリン事件からおよそ23年。高橋さんの裁判が終わったことで、いわゆるオウム事件の裁判は終結したと言われています。

地下鉄サリン事件当時、11歳だったわたしも、今はもうだいぶ年を重ねています。確かに長い時が経ちました。でも果たして、オウム事件は解明されたといえるでしょうか。わたしは、ほとんど解明はされなかったと感じています。「オウム裁判」は、重要なパズルのピースが欠けたまま行われ、裁判が終結した今も、肝心のパズルは完成していません。

 

地下鉄サリン事件を含め、いわゆるオウム事件の首謀者とされた人がいます。それはオウム真理教の創始者である、麻原彰晃こと松本智津夫。わたしの父です。

わたし自身は父を愛し、大切に思っています。その大切な父が、13もの事件で逮捕され、裁判にかけられてしまったという事実は、とてもつらいものでした。

わたしは事情があって裁判の傍聴に行けず、父には接見禁止がつけられていたため、9年以上接見することができませんでした。一審の裁判が終わり、二審の手続が始まった後、父と接見ができたとき、父はすでに壊れきっていました。精神が崩壊していたのです。

みなさんにお伝えしておきたいのは、わたしはこの場で、父の無罪を主張したり、釈放を求めたりしたいのではない、ということです。

ただ、父にはまだ、自分の知る事実を語る必要があるのではないかと思います。

オウム真理教という「宗教団体」が起こした数々の事件。父はその教団の教祖であり、「事件の首謀者」とされました。つまり、父はオウム事件の「主役」として責任を追及されたはずでした。

その「主役」が、病気で何も語れないという異常な現実。

しかも、いわゆるオウム事件のキーパーソンといわれている、村井秀夫氏は裁判が始まった時点ですでに亡くなっています。村井氏から「父の指示」を聞いたと証言する人はいますが、それが本当に父の「指示」であったのか、知っているのは父のみです。

[写真]1991年秋、父娘でホバークラフトに乗った(提供:松本麗華氏)1991年秋、父娘でホバークラフトに乗った(提供:松本麗華氏)

わたしは、「主役」である父が証言できなかったがために、オウム事件はいまだ解明されないままなのではないかと考えています。裁判の記録を見返してみても、事件の動機すら、はっきりとわかっていません。

つまり、裁判は父を首謀者として断罪はしたものの、事件の真実を解き明かすことはしなかったのです。

他にも裁判上の手続きに問題があったことや、父が病気によって実質的に裁判を受けられなかったことなど、いわゆる「麻原裁判」には複数の問題点が指摘されています。

父が自身だけが知る事実を語り、憲法や法律に則った適正な裁判を受けた上で、なお父に死刑判決がくだるならば、娘としては耐えがたい思いはありますが、法治国家の国民である以上、わたしは受け入れざるを得ないと覚悟しています。