渡り鳥は迷わない!?――驚くべきナビゲーション能力に迫る!

鳥類の驚異的知能!
ブルーバックス編集部 プロフィール

高度な機器をもつ人間にとって、地磁気の測定はそれほどむずかしい作業ではない。では、生物にとってはどうだろうか? 地磁気のような弱い磁場を感じ取る高感度のセンサーは体内のどこにあるのだろうか? そのセンサーはどのような原理で働いているのだろうか?

じつはこれらは未解決の問題だ。動物のナビゲーションに関心を寄せる科学者が生物の磁気センサーを探しているが、見つけられずにいる。

ところで、上に触れた新たな地質年代「チバニアン」は、岩石に残された地磁気の反転の記録によって決まった。地球の歴史上、地磁気はなんども反転をくり返してきたのだ。

動物たちが地磁気センサーをナビゲーションに使っているとしたら、地磁気の反転にはどのように対応してきたのだろうか? 地磁気反転のタイミングはかなり不規則ではあるものの、数万~数十万年に1度という頻度で起きてきたらしい。

現在、最後の地磁気反転から70万年以上が経過しており、いつ次の反転が起きてもおかしくないとされている。次の反転が起きたら、動物たちのナビゲーションの混乱を観察できるだろうか……いや、私たちの生活にとんでもない悪影響があるかもしれない。

頭の中の地図

さて、よく考えてみると、地磁気センサーがあったとしても、それだけではナビゲーションの問題は解決しない。

地磁気センサーが体内にあるとしよう。自分がいまいる地点の緯度と方位(北はどっち?)はわかりそうだ。

では、目的地へたどり着くためにはどちらへ向かえばいいだろうか?

この答えを得るためには、いまいる場所と目的地の位置関係を教えてくれる地図のようなものが必要だ。

動物たちの頭の中には地図があるはずだ。1940年代にアメリカの心理学者エドワード・トールマンはこう考えた。迷路のなかのラットが餌への近道を自ら発見する様子を観察し、頭の中の地図すなわち「認知地図」というアイデアが浮かんだそうだ。

 

トールマンのアイデアはその後多くの研究者に引き継がれ、興味深い成果につながっている。とくに有名なのは、イギリスの脳科学者ジョン・オキーフらによる「場所細胞」の発見だ(この成果が発表されたのは1970年代で、2014年にノーベル医学・生理学賞が与えられた)。

オキーフらはラットに迷路を歩かせ、その間の脳活動を観察した。すると、海馬の特定の細胞が発火することがわかり、しかもその発火パターンが移動経路と対応関係をみせた。つまり、ラットは迷路を歩きながら、場所場所に対応する神経活動パターンを獲得したということだ。

認知地図は海馬にあるのかもしれない。

有名な話だが、ロンドンの熟練したタクシー運転手は経験の浅い運転手よりも海馬が大きい。ナビゲーションの経験が海馬の大きさを決めるのかもしれない。

ハトにおいても、観賞用のハトと伝書バトとでは、ナビゲーションに優れた伝書バトのほうが大きな海馬をもつ。伝書バトどうしを比較しても、ハトレースを経験してきた個体と大きな鳩舎の中だけで育った個体とでは、前者のほうが海馬が大きくなった。

認知地図にはなにが書かれている?

まだまだわからないことは多いが、動物たちの利用する認知地図は海馬にあるらしい。しかし、その地図はいったいどこからどこまでをカバーしているのだろうか?

先に紹介した渡り鳥の誘拐実験では、カナダからメキシコへ向かう渡りの途中、ワシントン州シアトルで捕えられたミヤマシトドがニュージャージー州プリンストンまで連れて行かれてしまった。強制的に北アメリカ大陸を横断させられたわけだ。にもかかわらず正しいコースを発見したミヤマシトドの認知地図は、すくなくとも北アメリカ全体をカバーするらしい。

ミヤマシトド photo by iStock

しかし、じつはこの実験において、渡りに失敗した個体もいた。それが初めての渡りだった幼い個体だ。このことは、渡り鳥の認知地図が経験によってつくられることを示唆する。

初めての渡りでは、生まれつきプログラムされた「渡りの計画」(何日間どの方向に飛びなさい)に従うか、渡りの経験が豊富な大人についていかなければならない。次の渡りでは、前回の経験にもとづく認知地図を利用する。

さて、幼い鳥は初めての渡りで得たどのような情報を認知地図に書きこむのだろうか?