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歌舞伎町「ぼったくり被害」はなぜ激減したのか?ある1年に起きたこと

弁護士取材とデータから読み解く
いま、ぼったくり報道がほとんどなくなっている。数年前までよく聞いた「ぼったくり」とは何だったのか? なぜ減ったのか? 『歌舞伎町はなぜ<ぼったくり>がなくならないのか』の著者である武岡暢・東京大学大学院助教が弁護士インタビューと各種データから、この現象・ブームを読み解く。

ぼったくりの報道ブームは何を意味するのか?

ぼったくりに「ブーム」があったことをご存知だろうか。

事前の提示額よりも高額な請求をしたり、事前に示していたサービスや商品を提供しない、いわゆる「ぼったくり」に関する報道は2014年から15年にかけて激増した。

試みに朝日、日経、読売の各紙が提供している記事検索サービスで「ぼったくり」の語を検索し、風俗営業店や飲食店でのぼったくり被害に関する報道を見てみると、2012年と2013年には読売新聞だけが1件ずつヒットするに過ぎない(2012年10月18日:被害額4万6千円、2013年11月15日:同70万円)。

2014年5月からは各紙が次々とぼったくり被害について報じるようになり、2015年上半期にピークを迎える。

ところが2015年の7月に入って突然「ぼったくり報道ブーム」は収束し、2016年の1年間は読売新聞の記事が2件ヒットするのみだ(特集記事については2016年にも他にいくつかあるが、ここでは事件報道についてのみカウントしている)。

その後、2017年に入ってからもぼったくり報道は依然として少ない。

ちなみに、いわゆる「ぼったくり防止条例」である「性風俗営業等に係る不当な勧誘、料金の取立て等及び性関連禁止営業への場所の提供の規制に関する条例」は東京都で2000年に制定されたのが全国で初めてであり、改正歴などを加味してもこの条例が報道トレンドに影響を与えているとは考えにくい。

上記のことがまず意味するのは、「ぼったくり報道」のブームとその終焉である。

この「報道のブーム」と、「ぼったくりそのもののブーム(と終焉)」とは、当然のことながら、分けて考えられなければならない。

ぼったくりと報道のあいだには、

(1)ぼったくりの発生→(2)ぼったくりとしての被害の届け出→(3)警察でのぼったくりとしての受理、統計への計上→(4)警察によるぼったくりとしての発表、そのマスコミによる受容→(5)マスコミによるぼったくりとしての報道

という少なくとも5つの段階がある(もっともこの分け方は恣意的で当座のものである)。

 

いちいち「ぼったくりとしての」と書いているのは、一定の事態を「ぼったくりとして」理解したり表現したりするかどうかは、その都度、必ずしも事前に決定されているわけではないからである。

そうした「ぼったくり」としての判定問題と部分的には重なりながらも少しずれたかたちで、上記プロセスの各段階には次の段階に進むケースと進まないケースを考えることが出来る。

まず(1)から(2)に至るには被害者がそれを「ぼったくり」(か少なくともそれに類する異常事態)であると意味づけ、泣き寝入りせずに派出所へ駆け込んだり110番通報したりといった行動に移す、というプロセスを経る必要がある。

(2)と(3)のあいだには、そうした届け出が受理されるかどうか(=門前払いされないかどうか)という関門があり、(3)と(4)のあいだには警察組織内部での論理(些細なことはいちいち発表しない等)があり、(4)と(5)のあいだにはマスコミ内部での論理(何を報道し何を報道しないのか)が働いている。

2014年から15年にかけてのぼったくり報道ブームは、こうしたいくつもの段階をクリアしてぼったくりの発生(1)が報道(5)にまで結びつくことが繰り返されたものとして理解出来る。

ところが2013年以前や2016年以降のこと、つまり「ぼったくり報道の数が少ないこと」の意味合いはそこまで明確ではない。(1)から(5)までのどこの段階でプロセスが途絶したのかは、新聞報道を見ているだけでは分からない。

単なる「報道のブーム」からもう一歩踏み込んで、実際に起きていた現象に迫るためには、別の情報ソースが必要だ。