森友文書事件を「書き換え」問題だけに限定してはいけない理由

中立・公正な日本官僚制の再建に向けて
金井 利之 プロフィール

過ちを改めるに憚るなかれ

以上のように、今回の問題は、「書き換え」問題にのみ矮小化してはならない。「書き換え」しなければよい、というものではない。

むしろ、政治家や政治家の秘書・家族が登場するような、いわゆる「口利き」に関わる異例の行政運用に関しては、きちんと記録に残すことが重要である。

現場の近畿財務局は、このような政官の正しい役割分担に基づいて、正しく行動をして、決裁文書を作成した。

そもそも、不当な圧力や「口利き」を防ぐために、政治家や団体からの働きかけを、行政が記録を取るようになってきている。今回の「書き換え」前のような決裁文書の作成は、むしろ奨励されるべきなのである。

そのうえで重要なことは、「書き換え」前の決裁文書を、本省官僚が「見せられるようなものではない」と正しく認識できる健全な精神を確保し続けることである。

但し、それが、今回の事件のように、だから「書き換え」をするという間違った方向に向かってはならない。

 

そうではなく、「書き換え」前の決裁文書を見て、それを「書き換え」たくなるような内容だと正常に認識した上で、あえて、公開して、国会や世論の批判、あるいは後世の審判に委ねることである。

本省官僚が「見せられる/見せられない」を決めるべきではない。結果として、国会審議や世論の判断によって、是とされることもあるかもしれない。それならば官僚の「見せられない」という判断は杞憂だったということになる。

また、非とされるかもしれない。非とされるのであれば、過去の行政の過ちを正せばよいだけである。

「見せられない」ような行政を隠し続けて、その過ちを正せずに後世に継承するよりも、「過ちを改めるに憚るなかれ」なのである。

「書き換え」前の決裁文書に基づく検証が重要

我々国民としては、「書き換え」の真相解明や責任追及や「再発防止」策のみに留まってはならない。

本当に必要なことは、「書き換え」前の決裁文書に基づいて、行政の特例措置の是非を検証することである。

第1に、「書き換え」前の決裁文書に書かれていた内容は事実なのか、漏れていることはないか、経緯は何だったのか、を確認することである。

「書き換え」の真相究明だけでなく、行政の特例措置に至った経緯を解明することが重要である。

その上で第2に、そうした決裁文書や事実に基づき、行政の特例措置は適切だったのかを検証することである。

首相夫妻の関与の有無などは、些末なことである。

むしろ、公益を実現すべき行政として、政治家などの関与・指示だけでなく、官僚側の忖度なども含めて、決定が妥当であったかどうかが重要なのである。

そして、特例措置が妥当でなかったのであれば、そのような事態を生み出した政治・行政のシステムの改善を考えていかなければならない。