ピンピンコロリで逝きたい人は少なくない。しかし、死の瞬間にこれまで経験したことのない痛みを味わうのはごめんだ。強烈な苦しみを伴う突然死の代表、「虚血性心不全」には意外な予兆があった。
「昨日(亡くなる前日)もレストランで一緒にご飯を食べたし、本当に元気だったんだよ。それが突然こんなことになるなんて、信じられない。
朝も元気に食事してたけど、昼ごろから問いかけても返事しなくなって……。我々からすれば突然死ってやつですよ。最後は何もしゃべれませんでした。
(知り合って)45年以上になるけど、病気したことはない。あっけないね。こんな別れがあるのかなあ……」
かの名将、野村克也氏(82歳)は、妻の死について、沈痛な面持ちでこう語った。
「虚血性心不全」――。いまや日本人の死亡原因の2位である心疾患(1位はがん)。
なかでも「突然死」の大半を占めるのが虚血性心不全である。「サッチー」こと野村沙知代さん(享年85)も、最期はこれで亡くなった。
過去にはこんな有名人も、虚血性心不全によって命を落としている。コラムニストのナンシー関氏(享年39)、マエケンこと芸人の前田健氏(享年44)、リポーターの武藤まき子氏(享年71)など。
先日、急死した俳優の大杉漣氏(享年66)も、急性心不全としか発表されていないが、虚血性心不全を起こしていた可能性が囁かれている。
厚生労働省の調査によると虚血性心不全による死亡者数は約10万人('16年)。高齢者はもちろんだが、最近は若い人にも増えているという。
心臓治療を専門とする、すぎおかクリニック院長の杉岡充爾氏が言う。
「虚血性心不全と言えば、昔は高齢者の病気だったのですが、いまはもう50代でも当たり前の時代になっています。
大きな原因は、食生活の乱れや喫煙、社会的ストレス。これにより心臓の血管が傷つき、動脈硬化が進行して心臓への血流が滞ることで起きるのです。現在、糖尿病患者が増えていますが、それに比例して虚血性心不全の死亡者も増加しています」
尋常ではない胸の痛みを伴い、1分で意識を失う人もいれば、30分ほど苦しみ死に至る人もいる虚血性心不全。そもそもどういう病気なのか。
「虚血」とはすなわち、血が流れなくなること。それにより心臓の能力が低下するのが心不全だ。
虚血性心不全は、一般的に知られる狭心症や心筋梗塞を含む。心臓に酸素や栄養を送る冠動脈(血管)が動脈硬化によって細くなってしまい、心臓に運ばれる酸素や栄養が足りない状態になるのが狭心症。血管が完全に詰まって血流が途絶えた状態が心筋梗塞だ。
これらが原因で心臓の働きが弱まることを、総称して虚血性心不全と呼ぶ。
「心臓に血液が行き渡らなくなると、心臓の筋肉は酸素や栄養が不足し壊死します。心臓のパワーが落ちて、全身に血液を送ることができなくなる。これが『虚血性心不全』です。最終的には、心臓が止まり死に至ります」(前出・杉岡氏)
たとえるなら、心臓は車のエンジンと同じだ。車はエンジンや電気系統に問題がなく、ガソリンがエンジンに運ばれることでスムーズに走ることができる。
このガソリン=血液がちゃんとエンジン=心臓に流れないと虚血状態になり、エンジンに異常が起これば心不全、電気系統の異常が不整脈となる。
心臓とは血液=酸素を全身に送るためのポンプでもある。このポンプの不調により、体のさまざまな部分に必要な酸素が送れなくなる状態が心不全だ。大西内科ハートクリニック院長の大西勝也氏が語る。
「心臓が十分な酸素を送れない場合、心臓は送り出す血液の量を増やそうと頑張ります。ただ、そもそも心臓が弱っているので、血液をうまく送り出せないわけです。そうすると心臓の上流に血液の渋滞が起こります。
心臓の上には肺があるので、そこへ水が溜まっていきます。水が溜まって肺の酸素交換の能力が低下し、酸素がうまく取り込めず息苦しくなるのです」