公文書先進国イギリスでは「森友文書問題」はこう報じられている

改ざんより「首相の政治生命」に焦点
小林 恭子 プロフィール

政府とメディア、情報公開のせめぎあい

1つは、情報自由法の運用だ。

日本で、国の行政機関が保有する資料を原則公開することを定めた情報公開法が施行されたのは2001年。英国では同様の情報自由法の施行は2005年である。時の首相はトニー・ブレア氏(在職1997〜2007年)だった。

ブレア氏はこの法律の導入を後で後悔することになる。政府の仕事振りが白日のもとに晒されることに拍車をかけたからだ。

報道機関がこの法を使って取材を行い、様々な暴露記事を書いた。市民からの情報公開請求も殺到した。キャメロン元首相(在職2010〜2016年)は「政府の仕事を遅らせる」と批判した。

デビッド・キャメロン前英首相〔PHOTO〕gettyimages

政府や自治体に「過度な負担がかかる」という理由で、キャメロン氏が法の見直しをさせるまでに至ったが、メディア側が大反対の論陣を張った。

2016年、見直しのために立ち上げられた委員会が現行法の維持を支持する報告書を出し、現在に至っている。

しかし、今後も、政府側から情報自由法に制限をかける動きが出ないとは限らない。

隠された大量のファイル

もう1つの問題は、政府・官僚側の情報開示への抵抗だ。

例えば、2013年、ガーディアン紙の調査により、英外務省が100万を超える数のファイルを英南部バッキンガム州の施設に隠していたことが分った。公記録法によって公文書館に移管されるはずのファイルである。

また、一旦は公文書館に移管された後で、なんらかの必要があって省庁側が公文書館から一時戻してもらった書類の中で、その後「紛失した」状態になったファイルが2017年末時点で100ファイルあったことが判明している。

公記録法によれば、公文書館に送る書類がどれかは政府省庁が決めることになっている。公文書館はその過程でガイダンス、調整、監督を行うが、政府省庁側に決定権がある。現在のところ、省庁側が作成する文書の約5%が公文書館に送られているという。

移管するかどうかの最初の審査は作成から5年後ぐらいに行われ、ここで不要とされた文書は破棄される。作成から15〜25年後の文書について2回目の審査が行われ、ここで永久保存となれば、公文書館に送られる。

現在、英国の国立公文書館には、土地台帳、文豪シェイクスピアの遺言書からビートルズ来日時の様子を伝える報告書、第2次大戦後の欧州を分割するためにチャーチル英首相がスターリン・ソ連書記長に向けて書いた手書きメモ、時の首相が閣議の最中に残した落書きまでもが収められている。

その数は約1100万点で、書類を積み上げた場合の高さは160km、あるいは200kmとも言われている。2014年時点で、日本の国立公文書館の場合は59kmである。

新築が検討されている日本の国立公文書館には、書き換え前・書き換え後を示す森友文書がその背景や意図についての情報ととともに収蔵されてほしい。これらが一般公開となる日が近く訪れることを筆者は願う。

国民のために存在する公文書は歴史の記録であり、改ざん・書き換えもその過程の一部であるからだ。