「ここは、地獄か?」川崎の不良社会と社会問題の中で生きる人々

問題だけでなく、「希望」もある
現代ビジネス編集部 プロフィール

川崎市と川崎区のあいだ

――『ルポ 川崎』では不良少年やアンダーグラウンドなシーンが多く取り上げられていますが、川崎にはこういった描写だと少し見えづらい優等生というか普通の子たちも暮らしているんですよね?

磯部 もちろん、川崎区の子供たちが全員、筋金入りの不良というわけではありません。ただ、傾向として、特に臨海部にはいわゆるヤンキー中学が多かった。勉強ができる子供の中には地元の中学校に行きたくないという思いで、頑張って東京の進学校へ行くケースもあった。

ただ、地元でソーシャル・ワークをしているひとたちからは、近年、見た目がいわゆるヤンキーの子供は少なくなって、不良なのかそうではないのか分かりにくくなったと聞きます。それによって目をかけるべき子供も分かりにくくなった。ヤンキーの格好というのは、言わば「オレは問題を抱えている」というサインですからね。

あるいは、川崎市中1男子生徒殺害事件の犯人グループの少年たちは、地元の不良の輪から弾かれた、不良の落ちこぼれでした。上納金の話もそうですが、不良の社会は普通の社会よりも厳しいと言えます。

時折、この本は不良を美化しているという批判をもらいますが、むしろ、強固なピラミッド型の縦社会に属している彼らを、旧来的なシステムの中でもがく日本人の象徴だと捉えているんですね。

不良たちは学校という息苦しい場所に反抗して外に飛び出して、自分たちの世界をつくっているはずなのに、さらに厳しい規律に縛られていることも多い。

まぁ、僕自身は不良ではなかったので、その見方に若干のロマンチシズムが介在していることも確かだと思いますが。

写真=岩本良介

――川崎の中でもさらに狭いコミュニティの中で生きているんですね。

磯部 そうですね。川崎区の中でも、桜本や浜町といったさらに狭いエリアでコミュニティが形成されていたり、すぐ隣の横浜市鶴見区との間で暴走族の抗争が起こったり。

不良というタイプではないですが、本にも出てくるラッパーで在日コリアンのFUNI(フニ)さんは、子どものころに多文化地区・桜本から同じ川崎区の大師町に引っ越したところ、まるでプールの底がガクっと深くなったように疎外感が強まったと言っていました。

歩いていける距離ですが、桜本と違って在日コリアンが少ないので、雰囲気がまったく異なって感じられたようです。

――彼らには「"川崎"に属している」という意識はあるのでしょうか?

磯部 川崎区の不良たちが言う「川崎」は、大抵、「川崎区」を差します。彼らは「川崎市民」というアイデンティティは持っていません。

というか不良に限らず、川崎は縦に細長かったり、東京や横浜に容易に出られることで「市」としての統一感に欠けているようなところはありますね。

例えば、版元の営業の方が、近年、開発が目覚ましい川崎市中原区の武蔵小杉にある本屋さんにこの本を持っていったところ、「うちは"川崎"じゃないんで」と言われたそうです。

川崎区とは世界が違うということだと思いますが、実際、武蔵小杉のひとの中には地元を"川崎"ではなく"ムサコ"と呼ぶひとも多い。

武蔵小杉は南部、あるいは中部に括られます。もともと、北部はニュータウン、南部は工場地帯として発展してきたので性格が全く違う。

"川崎"はふたつの顔を持っているわけですが、武蔵小杉の発展にしても、川崎駅前の再開発にしても、その北部的なものが段々と南部に降りてきているとも言える。