「ここは、地獄か?」川崎の不良社会と社会問題の中で生きる人々

問題だけでなく、「希望」もある
現代ビジネス編集部 プロフィール

――2015年2月には「川崎市中1男子生徒殺害事件」という出来事が起きました。

磯部 この事件の陰惨さもまた話題になりました。そして、犯人グループの中にフィリピンにルーツを持つ少年がいたことから、排外主義者によるヘイト・デモが川崎区で頻繁に行われるようになりました。

自分としても、中1男子生徒殺害と簡易宿泊所火災というふたつの事件が、川崎区に足を運ぶきっかけとなりました。

要するに、1つの小さな街で起きた陰惨な事件の背景に、現代日本が抱える大きな問題がある。それをルポルタージュとして描けないだろうかと考えたのです。

写真=細倉真弓

「BAD HOP」という希望

――本書では、ラッパーも数多く登場していますね。

磯部 自分は、音楽ライターを始めた90年代の終わり頃から、ラップ・ミュージックについて取材してきました。その中で"川崎"というキーワードが浮上してきたのが2012年頃。

昨今のラップ・ブームの火付け役となった「高校RAP選手権」というテレビ番組があるんですが、2012年7月に放送された第1回の決勝戦で戦ったT-Pablow(当時はK-九)とLIL MANが二人とも川崎区出身だったんですね。

彼らに取材をしたところ、「高校生RAP選手権」に出場していたのにもかかわらず、実際は高校生ではなかった。もちろん、第1回出場時の年齢は14歳とか15歳とかなのですが、中学卒業後は進学ではなくアウトローの道を選び、さらにそこから抜け出す手段がラップだったのです。

その後、T-Pablowや彼が率いるBAD HOPが成功したことで、川崎区の子供たちが次々にラップを始め、同地はラップ・ミュージックの新しい聖地として盛り上がっていきます。

さきほどの事件が日本の暗部を象徴しているのだとすれば、過酷な環境で育ち、しかし、ラップによってそこから抜け出そうと試行錯誤するBAD HOPは一条の光なのではないか。彼らを中心に据えれば問題だけでなく、希望も描けるのではないか、という思いもありました。

BAD HOPを牽引するYZERR(左)とT-Pablow(右)(写真=細倉真弓)

――本の帯の「ここは、地獄か?」というコピーにも象徴されていますね。とくに近年は、都市のきれいな部分とそうでないところの分断が起きていて……。

磯部 暴力団が取り締りの強化によって不況産業化したことも、地元の不良に影響を与えています。上納金の取り立てが不良少年にまで回ってくるようになり、彼らの中には引ったくりや強盗をすることでそれを賄おうとする者もいました。

――タバコ屋に入って……というエピソードも書かれていましたね。

磯部 ええ、タバコ屋の閉店後を狙って強盗を繰り返していたら、ある夜、隠れていた店員にバットで思いっきり顔を殴られてグシャグシャになってしまうという……。

2010年前後の話なんですが、暴力団に金が回らなくなっていた背景には、2008年に起きたアメリカ発の金融危機、リーマンショックの影響がじわじわと川崎の街にまで下りてきたということがあります。

だから、大きな経済構造の話と、小さな街の不良少年の置かれている状況が、実は繋がっているのです。要するに彼らの話を描くことで、時代を描くことも出来る。