「伊調馨さんは選手なんですか?」衝撃会見で露呈したパワハラの構造

無意識レベルでハラスメントする人々
原田 隆之 プロフィール

そもそもハラスメントとは何か

一般的に、パワーハラスメントは、職場で起きることが多い。

厚生労働省は、職場のパワーハラスメントについて、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義している。

この定義では、まずそこには上下関係や力の優劣があるのが前提だ。そして、これを広く援用すると、職場の上司と部下関係だけでなく、指導者と選手、教師と学生などにも当てはめることができる。

このような関係では、下の立場にある者は、常に上下関係を感じている。勤務評定や成績評価など、自分の利害に直接かかわる事柄を握られているからだ。

さらに、気に入ってもらえれば、さまざまな便宜を図ってもらえるかもしれないし、逆に嫌われてしまったら、自分の立場が悪くなってしまうかもしれない。

これは、上の者が下の者に対し、普段からどれだけ優しく平等に接しているか、どれほどのパワーを実際に握っているかなどとは一切関係がない。

どんなに優しい上司であっても、さほどのパワーのない指導者であっても、下の者は必ずいつも心理的な負荷を感じている。これは立場の違いが厳然として存在する以上、どうしようもないことである。

したがって、上に立つ者は、いつも下の者の視点に立って、現実に存在する力関係や、適切な範囲を逸脱しないように、そして逸脱しているととらえられないように細心の注意を払うべきであるし、相応の共感性や想像力が必要になる。

 

もちろん、指導関係のなかでは、命令や叱責は必要不可欠である。上下関係や力関係をなくすこともできない。

また、最近の叱られ慣れていない若者は、打たれ弱く、少し叱られただけで過剰な反応をするケースもある。

そのため、その指導が「適切な範囲」であるかどうかの見極めが難しい場合もある。

弱い立場の者の権利を最大限に守ることは大前提であるが、いたずらに「パワハラ」と決めつけ、適切な指導ですらできないような世の中になることは、決して望ましいものではないし、上の立場の者の人権も十分に守る必要がある。

「私にはわかりません」でいいのか

これらのことを念頭に置きながら、再び谷岡学長の会見に話を戻すと、今回の会見で強調されていたことの1つに、「栄監督が、練習場を伊調選手に使わせないという嫌がらせをした」という告発内容への反論があった。

谷岡学長は、練習場については、学長がその権限を持っているので、栄監督にそのような権限はないと述べたうえで、「彼はその程度のパワーしかない人間なのであり、パワーのない人間によるパワハラとは一体どういうものなのか私にはわかりません」と述べていた。

先に強調したように、上下関係がある以上、そこにある現実的なパワーの大小は、パワハラとは関係がない。

練習場に対する権限がなくても、彼はレスリング協会の強化部長という「強い立場」にあることは厳然たる事実だ。

そして、伊調選手がどれだけ偉大な大選手であっても、一選手という立場であることも厳然たる事実だ。

大学の学長という立場にあり、日本レスリング協会副会長という地位にある者が、パワハラに対してこの程度の認識しかないとは、本当に情けない。

「私にはわかりません」というならば、わかるようになるまで、きちんと人権やハラスメントについて勉強してほしい。