神戸製鋼ラガーマンが32歳で転職して社長に上り詰めるまで

大和ハウス・芳井敬一 社長の人生訓
週刊現代 プロフィール

土砂降りの中を飛び込み営業

芳井氏は言う。

「とりあえず簡単な面接のようなものをやるのかなと軽い気持ちで行ったら、人事部のフロアの片隅に座らされてね。そこで少し話をしていたらいきなり、『合格!』って言われたんです。

『いやいや、これでなんで合格なんですか?』って聞いても、『で、いつから来る?』ともう入社時期の話になっている。

僕としては決めかねていたので、まずは2週間アルバイトとして雇ってほしいとお願いしました。実際にアルバイトを始めると、職場には『ちゃんとやってるのか!』などと怒号が飛んでいて、社員はみんなギラギラしている。

職場は緊張感がみなぎっているんだけど、社員はいきいきしている。この雰囲気が、まるでラグビーのフィールドに帰ってきたように感じたんです。よし、ここで働こうと決めました」

 

'90年6月、年齢は32歳。「遅れてきた新人」の新しいサラリーマン生活はこうして始まったのだ。

大和ハウス工業で配属されたのは建築営業の部署。高校時代のラグビー部の監督から「1年生たるもの1年生たれ」と教えられた通り、朝はだれよりも早く出社してゴミを捨て、机を拭いた。

年下の先輩たちに頭を下げてわからないことは何でも聞いて、おもしろそうな取引先があれば、「僕も連れて行ってください!」と頼み込んだ。

仕事は基本的に飛び込み営業。訪問先の調べ方、玄関先での話し方から営業トークの話術まで、すべて先輩たちのやり方を真似て、自分なりに試してみる日々だった。

「ありがたかったのは、先輩たちが営業ノウハウを隠さずに教えてくれたことです。営業競争は激しいのでふつうは出し惜しみをするはずが、聞けばうまくいった方法をどんどん教えてくれた。

当時はまだ車も使わせてもらえない時代だったので、ひとつの訪問先に行くのに土砂降りの中を40~50分歩いて行くなんてこともありました。そうして一人、一人と懇意にしてくれるお客さんを広げていったんです」

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そうした地道で泥臭い営業活動が大きく実ったのが、入社から2年半で神戸支店に転勤になったときのこと。

ずぶ濡れになって訪問したことのあるお客さまから、「転勤祝いだ!」と言って、知人を紹介してもらった。さっそくその人を訪ねると、妙に話が合う。なんといきなり1億円の案件をもらえることになった。

「初めて自分の力で仕事を取れたのが嬉しかった。それに、神戸支店に転勤した直後のことだったので、『あいつは、ええ数字を持ってきよるぞ』と評判になって、みんなが僕を支えてくれるようになったんです。

これまでは頼んでもなかなか出てこなかった図面がすぐに上がってくるようになった。それまでに見えていた仕事の風景が急に変わって見えてきた」