米朝会談に向けた不気味な沈黙が暗示する「北の内部抗争」

金正恩の「命がけの勝負」はどう転ぶか
李 英和 プロフィール

北の「長く奇妙な沈黙」

米朝首脳会談開催の一報に世界中のメディアが沸き返る中、肝心の金正恩と北朝鮮メディアは沈黙を守りつづけた。

金正恩の肉声が出てこないのはもちろん、北朝鮮の労働党機関紙『労働新聞』も社説はおろか論評すら掲げていない。

その代わりに、韓国政府が「金正恩の真意」を関係諸国に伝えて回るという、世にもまれな光景が繰り広げられた。韓国の文在寅大統領はまるで金正恩の保護者か後見人のようだ。

勝負手の真意が「時間稼ぎ」なら、沈黙は北朝鮮の助けにならない。「鉄は熱いうちに打て」の格言もある。交渉ごとは早く進めるのが鉄則だ。

北朝鮮政府が自分の口で「非核化意思」を調子良く繰り出せば済む。国際社会は北朝鮮の屁理屈や罵詈雑言には慣れっこである。いざとなった時の方針転換の理由付けなどは何でもよいはずだ。ところが、北朝鮮は黙りこくる。

 

公式表明がなければ進まない

これでは交渉が始まらない。実際、ホワイトハウスのナウアート報道官は対話開始の前提条件に「明確な非核化の具体的行動」を挙げている。これはなにもすぐには実行不能な無理難題を突きつけるものではない。具体的には、金正恩の演説や『労働新聞』の社説による意思表明を求めたものだ。

トランプ大統領に伝えられた金正恩の意思表明は、親書の形式ではなく、韓国特使の口頭による非公開の伝言に過ぎない。

もちろん、これまでの米朝両国による水面下の接触で、アメリカ情報当局は北朝鮮の意中を確認しているのだろう。だが、それでは、初の歴史的会談に踏み切り、合意を目指すのには不十分だ。

懐疑論者が多数占める専門家を納得させ、北朝鮮問題に疎い世論の支持を得ることが必要だからだ。それには北朝鮮の公式表明が不可欠だ。

後見人の韓国政府は「方針の大転換なので、立場の整理に時間が掛かっているのだろう」(統一省長官)と北朝鮮側の事情を忖度する。非核化の本気度を前提とした説明だ。

たしかに「立場の整理」は必要なのだろう。

これまで北朝鮮は、トランプ大統領を「狂った老いぼれ」、ペンス副大統領を「人間のくず」と罵倒してきた。核放棄についても「海の水が干上がるのを待つようなもの」と拒否してきた。

だが、これも金正恩が核を捨てさえすれば、笑い話で済ませられることだ。