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ネイサン・チェンは平昌五輪男子フィギュアスケート「影のMVP」だ

4回転以外にも注目してほしい
青嶋 ひろの プロフィール

チェンはときどき、公式練習ですべてのジャンプを省き、振付けやステップワーク、エッジワークに集中したランスルー(曲かけ通し練習)を見せる。そのときの彼の美しさときたら、もう、目が離せないほど。

そんなチェンはたとえば、ジャンプにそれほど集中せずに済むアイスショーなどでも見られる。昨年6月、ドリームオンアイスで来日した時も、彼だけが真のエンターティナーぶりを見せた。日本代表勢ぞろいのショーで、「ネイサンひとりに持っていかれたね」と言われるほど、彼だけがショーをショーとして滑ることができていたのだ。もし、ジャンプなしのプログラムで芸術性のみ競ったとしたら、現在のライバルたちの誰もネイサン・チェンにかなわないかもしれない。

それほどの力をジャンプ以外でも持っているからこそ! 平昌で彼の見せたフリーは、ほんとうに残念だったのだ。

 

自分はジャンパー!

ジャンプでは間違いなく世界一、史上最高の力を持つ。芸術性においても、おそらく世界一、二。

それならば両方をバランスよく見せれば、チェンは最高のフィギュアスケートを見せられるはずだ。それを、平昌五輪までに彼が完成させ、見せてくれるのではないかと多くの人が期待し、ライバル陣営は恐れていた。

シニアにデビューした2シーズン前は、フリーで3本、4本の4回転を入れると、どうしてもスケーティングなどの力を落としてしまっていた。そこから総合的に力を上げてきた今、4回転を3、4本に抑えれば、プログラムにおいても見事なものを見せらるような選手になった。しかし平昌五輪、彼が選んだのは、ジャンプの数をさらに増やし、跳べる限界まで4回転を組み込むこと……。

「確かに4回転を減らせば、僕はもっとスケーティングやステップができる可能性はある。でもやっぱり、自分はジャンパー! 僕はいつでも、ジャンプが一番好きなんです。フィギュアスケートの魅力は、ジャンプ! お客さんたちも、4回転を見るのが好きだよね。だからできると思ったら、選手はどんどん跳べばいいと思う」(2016―2017シーズンのインタビューより)

そうして様々なものを犠牲にしたプログラムで、ネイサン・チェンはフリー1位をもぎ取ってしまった。ショートプログラムの信じられないようなミスがなければ、おそらく金メダルは彼のものだっただろう。

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しかしこの結果を見て、「ネイサンがチャンピオンになっていたら大変だった……」とほっとしている人は、ジャッジや各国コーチをはじめ、たくさんいるのではないかと思う。もちろんチェンの実力も、チャレンジもすばらしいと、十分認めた上で、だ。

それはやはり、これだけジャンプに偏ってしまったチャンピオンは、フィギュアスケートというスポーツのアイデンティティに疑問を投げかけてしまうためだ。「ここまでジャンプだけで点数を稼いで、フィギュアスケートといえるのか?」――もし彼がチャンピオンになっていたら、きっと大きな論争が巻き起こっていただろう。

3年前、抜群の安定感で3種類の4回転を操る、しかしスケーティングや表現技術はまだまだジュニアレベルだったボーヤン・ジンが頭角を現した時、人々は言ったものだ。

「あんな凄い4回転を何度も跳ばれたら、スケーティングなど上手でなくても、ジャンプだけで高得点が出てしまう。どんなアーティストも、どんなスケーティング巧者も、誰も敵わなくなってしまう。それが果たして、フィギュアスケートと言えるだろうか?」

3年間でそのボーヤン・ジンも、ジャンプ以外の部分を懸命に伸ばしてきた。そしてボーヤン以上にジャンプの才能を持ったネイサン・チェンが現れた。人々の予想は少しずれはしたし、現実のものにはならなかったが、ここまでのジャンプを跳んでのネイサン・チェンの優勝は、やはり数年前に人々が危惧していたものだったのだ。