photo by gettyimages
# フィギュアスケート # オリンピック

ネイサン・チェンは平昌五輪男子フィギュアスケート「影のMVP」だ

4回転以外にも注目してほしい

フリーで一番の感動

3月21日より開幕する、世界フィギュアスケート選手権。

4回転バトルの行方が注目の男子、宇野昌磨とともに最も熱い視線を浴びているのは、やはりアメリカのネイサン・チェンだろう。

平昌五輪の男子シングルにおいても、影のMVPは、間違いなく18歳のチェンだった。

優勝候補のひとりと言われながら、ショートプログラムではジャンプミスが続き、誰も予想しなかった17位発進。しかし翌日のフリーでは、なんと6本の4回転にチャレンジし、そのうち5本を完璧に成功、1本も手をつく軽いミスで済み、技術点127.64点(世界歴代1位)。なんとフリーだけなら1位(総合5位)という驚異の巻き返しを見せたのだ。あわや、ショート17位から表彰台もあるか、と手に汗を握った人も多かっただろう。

photo by gettyimages

そんな衝撃的なジャンプ構成を、正念場でほぼ完ぺきに成功させてしまう技術力、精神力。さらにショートの結果にくじけることなく、自らの力の究極に挑戦したチェンの姿に、多くの人が心を打たれた。スケーター仲間や先輩たちからの賛辞も熱く、ライバルの宇野昌磨も、「フリーで一番の感動」としてチェンが力を出し切ったことを挙げたほどだ。

ショートプログラム17位、フリーは第2グループで早々に滑った選手が、上位3選手が待機して最終グループを見守るグリーンルームに入ることになるなど、おそらくもう2度とないだろう。最終的には総合5位だったが、平昌五輪という大舞台、勝負の行方を何倍も面白いものにしてくれた。

誰もがこのドラマチックな展開に圧倒され、彼のファイティングスピリッツを称える。ほんとうに凄まじいアスリート魂だと思う。しかし、ネイサン・チェンにずっと注目し、期待をしていた目から見れば、ちょっとだけ彼が五輪で見せた演技を「残念だ」と思ってしまうのだ。

彼のスケート本来の、夢のような美しさ、チャーミングさをよく知っているから。それがオリンピックのフリーでは、まったくと言っていいほど出せていなかったからだ。

平昌のチェンのフリーは、完全に「ジャンプのためのプログラム」だった。いったい何本跳ぶんだ? と唖然とするほど、次々に繰り出される4種類の4回転に、ただただ圧倒される。テレビで見ていた人に聞けば、画面上にはリアルタイムで技術点が表示され、今跳んだジャンプの得点が次々加算されていくのがわかる。得点表示を見ながらだったため、よりスポーツを見ている感覚、スポーツの凄まじい技を見ての感動だった、という。

会場で生の滑りを見ていても、4回転連発にはただただ呆然とするしかなかった。しかし技術の優劣で勝敗が決まるのならば、体操の床運動やモーグルのような競技にしてしまえばいい。

 

「その方が、わかりやすくていいじゃないですか。スポーツなんだから」

4回転時代が加速し、一般層にまでその話題が浸透して以降、そんな声もよく聞く。しかしフィギュアスケートは、衣装を着け、音楽を鳴らし、振付をクリエイトし、技術要素だけでなく美しさや個性や演劇性、さまざまなものを競うからフィギュアスケートなのだ。

その意味では、ネイサン・チェンの「演技」は楽しめなかった、という人は多いだろう。

もちろん彼は、ジャンプだけに秀でた選手ではない。小さなころからバレエを習ってきたためか、動作の美しさは折り紙付きだ。スピンなど、ジャンプ以外のエレメンツの質も極めて高い。そんな部分を見せながら、かつ4回転6発。フリー1位にふさわしい力の持ち主であることは間違いない。

それでも生で見ると、ネイサン・チェン本来の滑りのなめらかさや心の浮き立つようなスピード感がほぼ封印されているのがわかって、なんとも切なかった。フリープログラム『MAO'S LAST DANCER』も、振付師やチェン自身が見せたかったストーリーの、半分も見せられなかっただろう。