# 伝統芸能

なぜ林家正蔵は、三遊亭好の助の林家九蔵襲名に待ったをかけたのか

落語界の生態からわかる事件の真相
堀井 憲一郎 プロフィール

また、円楽一門でもっとも不思議なのは、この一門はとても早いスピードで真打にしてくれる、というところである。

ふつう入門して15年ほどかかる真打昇進が、この一派だけは「早いと8年、だいたい10年」で昇進していた(今回の好の助は13年かかっているのだが)。

もともと、圓生は、順送りで真打に昇進させることに反対し、落語協会を脱退した。その脱退会派を継いだ円楽が、異様に早く真打に昇進させるようになった。

かなり奇妙である。

横から見てるだけの私でも、とても不思議におもえた。

この団体だけは、別のルールでやってるんだろう、と考えるしかなかった。

円楽一門は(楽太郎が円楽になったのち)、歌丸会長の団体へ入れないかと打診したことがあるらしい。しかし断られた。

やはり、べつべつに何十年もやってきた団体の合流はむずかしい。

私は四つの団体をすべてきちんと聞こうとまわっていたことがある。

円楽一門だけはとくにくっきりと空気が違ってるとおもった。ざっくりいうなら「ゆったりした空気」が流れていた。

もうひとつの小さい団体、「立川談志とその弟子の一派」立川流はまた違う。「ぴりぴり」している。ここは真打になかなか上がれないので有名であった。また、テレビ出演と関係なく、落語家として売れに売れている落語家が何人もいる。緊張感があふれている。

「談志一門の落語だけ聞いていれば十分だ」という落語好きは何人も知っているが、円楽一門には、あまりそういう雰囲気はない。

談志一門は客さえも緊張させてどこかへ運ぼうとしているようだが、円楽一門を聞いていると、ただ穏やかな気分になる。そういう違いがある。

 

三遊亭好楽の真意は?

また、三遊亭好楽は、もともと三遊亭円楽の弟子ではない。

落語協会の大看板だった8代の正蔵(トンガリの正蔵)の弟子だった。

師匠の死後、一門のほかの真打の弟子にならず、なぜか「落語協会をやめて」、円楽一門に入った。なぜそんなことをしたのかは、よくわからない。

ただ、とにかく「林家」の名を捨て、落語協会を出て、円楽一門に入って「三遊亭」になったのである。大きいのは「協会を出て」というところである。縁を切ったわけだ。

円楽一門は「三遊亭」の本家である。その筋に好楽は入った。好楽の師匠(円楽)からその師匠へとたどっていけば、明治の円朝につながり、三遊亭のおおもと初代三遊亭圓生までつながる。

望んでそこに入って、なぜ、ふたたび林家正蔵系統の名前を弟子に欲しがるんだろう、と素直におもう。筋が違うと感じたのはそこである。

円楽一門は、メンバーすべて「三遊亭」である。そこへわざわざ「林家」を呼び込もうとするのは、かなり障壁が高い。

好楽は何を根拠に好の助を「林家」にしようとしたのか、その感覚が私にはちょっと想像できない。

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