生徒の1割しか塾に行かない公立校が、名門進学校であり続ける秘密

「異色のOB」が語る
佐藤 優, 杉山 剛士 プロフィール

佐藤 物理でも何でも原理原則はわかっていなければいけませんね。

公務員試験には微分法が必ず出ます。でも、ある有名な受験参考書には「冪数を前に出して掛け算をして、そこから1を引けば答えが出る。なぜそうなるか、原理は知らなくていい」といったことが書いてあるんです。無線工学を知らなくても携帯電話のマニュアルがあれば携帯を使いこなせるでしょう、という理屈ですね。

外務省時代の不可思議な経験を思い出しました。私が勤務していた頃のモスクワの日本大使館には特製の「盗聴防止部屋」がありました。天井・壁・床がすべてアクリルでできた透明な部屋で、雑音テープというのを大音量で流していた。

秘密のミーティングなどに使われていたのですが、あるとき私がこの部屋にラジオを持ち込んだところ、放送が普通に聴けた。つまり、電子的に遮蔽されていなかったわけです。慌てて上司に「この部屋は安全とは言えません」と報告すると、すごく怒られました。「若造の分際で、本省の専門家たちが設計したものに意見をするとはどういう了見だ」とね。

怖いなと思ったわけですよ。この上司は東大出の外交官でしたが、電波が入るということは、すなわち盗聴できるということだという基本中の基本知識がないんじゃないか。

これはどこかで勉強嫌いになっていて、しかも、権威による説得にも慣れてしまっているので、合理的な思考ができなくなっているということですよね。社会に出るとそういう事例が多いんですよ。ちなみに、私はその部屋は絶対使わなかったけれど幹部たちは使っていた。その部屋で話されていたことはすべて、ソ連側に筒抜けだったと思います。

 

いつか必ず役立つ「総合知」

杉山 いわゆる原理原則を知らずして、効率的なところだけ勉強していると、間違いを戻せないというか、とんでもない事態に陥ってしまうことになる可能性がありますよね。ただテストに出るから覚えさせるというのではなくて、しっかり考えさせる。

残念ながら、ほとんどの学校でそういう授業が次第に減っていったんですよね。原理原則を考えさせる教育。それがないと、日本が針路を大きく間違えてしまう局面があるかもしれない。

佐藤 全国の学校で縮小しているのは、美術や音楽といった実技科目も同じですよね。

杉山 まさにそのとおりです。浦高には美術・音楽以外に「工芸」という、木材を使った選択科目があります。一部の生徒が作った作品は職人芸の域に達しています。

佐藤 工芸はまず、自分の道具箱を作らされるんでしたっけ。

杉山 それもいまも変わらないです。

佐藤 そういえば、今日も冬休みだというのに、工芸室で1年生が板と格闘していました。道具箱を作っていたんだな。

杉山 早くから受験科目だけに授業を特化させる進学校が多いなか、浦高ではこのようにすべてやらせる。これが最大の特徴ですね。ですから生徒はとにかく忙しい。塾に行っている暇はないわけです。

しかし、このように何でもやるというカリキュラムは、幅広い教養をつけるためのまさにOSであり、将来、社会で活躍するために必要だから用意しているんですね。もっとも、幅広い教養を身につけさせることは、高校の本来のミッションであるはずなんですけども。

佐藤 それこそまさに、総合的な教養の礎、すなわち総合知ですね。3年間で総合知を身につけるというシステムを放棄した学校も多いなか、浦高生たちはいまは忙しくて大変でしょうが、いずれ気づく日が来るんです。自分には総合知が身についていること、それが必ず人生で役立っていることに。