(理化学研究所発行「理研の博士に聞いてみよう!」より)
辻 孝 博士
理化学研究所多細胞システム形成研究センター器官誘導研究チームチームリーダー
みなさんは、乳歯が抜けたことがありますよね。ヒトの赤ちゃんは、生まれてから半年くらいすると歯が生え始めます。その歯を「乳歯」といいます。6歳くらいになると乳歯が抜け始めて、「永久歯」が生えてきます。
私たちは、お母さんのおなかの中にいるときに、歯のタネが2つできて、それを持って生まれてきます。2つのタネを使ってしまうと、つまり乳歯と永久歯が抜けてしまうと、もう新しい歯は生えてきません。
でも、虫歯やけがで永久歯が抜けてしまって困っている人がたくさんいます。自分の歯の代わりにプラスチックと金属でつくった入れ歯などが使われていますが、3つ目のタネがあって本当の歯が生えてきたら、その方がいいですよね。
心臓や肝臓なども、お母さんのおなかの中にいるときにタネができますが、歯とちがってタネは1つしかできません。だから、たとえば肝臓が病気でうまく働かなくなってしまうと、ほかの人から肝臓を移植してもらうしかありません。しかし、肝臓の移植が必要な人の数に比べて肝臓を提供してくれる人の数がとても少ない、という問題があります。
そこで私たちは、歯や肝臓などのタネを増やして再生するための研究に取り組んでいます。
「再生医療」という言葉を聞いたことがありますか? 再生医療とは、けがや病気などで失われたり働きが悪くなった体の組織や器官を、つくり直して回復させるものです。
私たちの体は、たくさんの「細胞」でできています。その数は、およそ37兆個。細胞には、いろいろな種類があります。同じ種類の細胞が集まって「組織」をつくり、いくつもの組織が集まって「器官」をつくります。歯も器官のひとつです。器官のうち心臓や肝臓のように体の中にあるものは、「臓器」とも呼ばれます。
体の外で増やした細胞や人工的につくった組織を使った再生医療は、すでに行われています。しかし、器官をまるごとつくって移植する再生医療は、まだ実現されていません。器官は、いくつもの種類の細胞と組織からなり、しかも立体的なので、きちんと働く器官を人工的につくることがとても難しいのです。
そこで私たちは、生物が本来持っている器官をつくるしくみをまねることで、器官をまるごと再生しよう、と考えました。
私たちの体は、1個の受精卵から始まります。受精卵が細胞分裂を繰り返して数を増やし、いろいろな種類の細胞になっていきます。はじめは細胞が集まった丸いかたまりですが、やがて、どちらが前か後ろか、背中側かおなか側かが決まります。そして、口には歯、胸には心臓というように、体の位置に合わせて器官がつくられていきます。
器官がつくられるとき、まず器官のタネ(器官原基)ができます。器官のタネは、2種類の幹細胞(上皮性幹細胞と間葉性幹細胞)が、おたがいに情報などをやりとりしてできてくることがわかっています。
「幹細胞」という言葉を初めて聞いた、という人もいるかもしれませんね。私たちの体をつくっている細胞は200種類もあります。いろいろな種類の細胞を生み出すことができる細胞が、幹細胞です。