金メダリスト・小平奈緒「所属・相澤病院」に隠されたちょっとイイ話

みなさんご存じでしたか?
週刊現代 プロフィール

苦しんだから、いまがある

私が院長に就任した1994年当時、病院の経営は逼迫しており、5年連続で3億円台の赤字を垂れ流していました。バブルがはじけたため、厚生省(当時)が診療報酬を抑制したのです。その影響をモロに受けてしまいました。

私の前は叔父が院長をやっていたのですが、「あの病院は潰れて、松本電鉄に買われたようだ」という噂が市内中に広がったんです。看護師もどんどん辞めていって、病棟を1つ閉鎖したりとか、もう大変なことになっていた。

 

叔父は外科医としてはとても優秀な人だったけど、経営者としてはあまり上手くいかなかった。だから私は医師としてよりはマネージャーとしての勉強をしたんです。

病院の連中に「このままじゃ相澤病院なくなっちゃうよ」と話して、叔父を辞めさせるような形で、私が院長になりました。当時は私が病院を乗っ取ったみたいに言われて、院長が交代した途端に3分の1くらいの職員が辞めてしまいました。

でも苦しい時のことも今となっては楽しい思い出です。「あの時は皆で苦労したよね」と。やっぱり苦労の経験があると、新たな苦難に直面した時も乗り越える「バネ」になりますよ。

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小平の金メダルだって同じだと思うんです。人間そんなトントン拍子に上手くいきません。やっても、結果が出ない、一生懸命トレーニングしたのに5位とか6位に終わっちゃうこともある。

でもその時に「何でだろう」と考える。すぐに諦めるのではなくて、思い悩んで工夫をしていろいろなチャレンジを重ねて、それでもだめだったら、またさらに工夫してと、努力を続ける。だからやっぱり今回の金メダルは苦しい時期があったからこそなんじゃないかな。

もう小平は次の目標に向かって動き始めています。500mの世界新記録を出したいと言っている。彼女が頑張り続ける限り応援したい、心からそう思っています。

聞き手/米田建三(元「アサヒ芸能」記者、元衆議院議員。相澤孝夫氏とは松本深志高校の同級生)

「週刊現代」2018年3月17日号より