実はこんなにツラくて残酷「医者の人事異動」の世界を覗いてみたら…

覆面ドクターのないしょ話 第7回
佐々木 次郎 プロフィール

「白衣を着て聴診器ぶらさげてなさい」

私の父も医者だったが、若い頃あちこちへ異動させられたという。

ある日のこと。医局長が父を呼んだ。

「OBの先生が病気で診療できなくなった。明日から君が行ってくれ」

「どちらの先生ですか?」

「明日、上野駅発、○時○分の特急に乗ってくれ。電車の切符はここにある」(昔、上野駅が特急の始発駅だったんです)

「上野から特急かぁ。津軽海峡で冬景色……」

そのとき、父の脳裏には、石川さゆりが歌うこぶしのきいた歌声流れていた……♪

「佐々木君、青森じゃなくて新潟だよ」

「あれ? 新潟なんですか? 新潟のどこですか?」

「行けばわかる」

 

「行けばわかるって、そんな……誰か迎えに来てくれないんですか?」

「うん、誰()迎えに来てくれるそうだ」

「誰かって……その人の名前とか車の色とか?」

「行けばわかる」

「じゃ、どうやったら私が医者だって相手はわかるんですか?」

「新潟駅の改札口出たら、白衣を着て聴診器ぶら下げてなさい」

「えーっ!? そんな恥ずかしいこと……」

この格好で駅前に立ってたら、やっぱり変だ
「地方の病院に飛ばされちまったけど、ここでしっかりがんばろう」と前向きになっているのに、本院からとんでもない指令が飛んでくることもある。これはちょっと特殊な例ではあるのですが……。

親睦が目的なのに、なぜかガチンコの医局が!?

バレーボールコートのネットに向かって生真面目な顔をした9人の研究者が並んでいる。

胸にはアルファベットで「DNA Lab(研修室)」と書かれている。背中にはクルクルと回る市松模様のような絵が描かれていた。

そう、あれは二重螺旋構造。DNAの立体図だ。

対面のコートに立つ山下先生は武者震いした。ひと際長身の彼の胸には「Ishida Orthopedics(石田整形外科)」と書かれている。

「今日の相手はDNA研究室か。せっかく有休取って出てきたんだ。悪いが勝たせてもらうぜ。あの方のためにも!」

試合開始。彼がスパイクを撃ち、点をどんどん獲っていく。一方的な展開のままマッチポイント。

「レシーブ! いいぞ。トス!」

「山下先生、任せたーっ!」

「任せろ! よし、アタック! よっしゃーっ!!」

試合終了。山下先生は得意の絶頂にいた。あの方の前で、DNA研を撃破したのだ!

「山下君、わざわざ遠くからありがとう!」

「教授……」

大学病院の本院は、ややもすると殺伐とした雰囲気になりやすい。各科の教授vs教授、診療科vs診療科の意地の張り合いが多いのだ。病院内で他科の先生とすれ違うとき、何かとんがった視線を感じることもある。

そんな本院の殺伐とした雰囲気を和らげてくれるのが、医局対抗バレーボール大会なのである。

昼休みに病院の中庭で行われる。臨床系(内科、外科、小児科など)も基礎系(解剖学、生理学、細菌学など)も参加する。

このバレーボール大会は親睦が第一の目的なので、日頃角を突き合わせている診療科同士も、このときばかりは和やかにバレーボールを楽しむ。

ところが、親睦が第一なのに、ガチンコでバレーボールをやろうとする医局がある。普通は適当なジャージを着て試合するのだが、ガチな医局は自前のユニフォームを作っている。

臨床系の各科は教授の苗字を付けて呼ぶことが多い。佐々木教授の外科なら「佐々木外科」、宮本教授の内科は「宮本内科」などと呼ぶ。

ガチな医局のユニフォームの胸にはSasaki Surgery(佐々木外科)とかIshida Orthopedics(石田整形外科)などとプリントされている。背中には「一球入魂」と書く熱の入れようだ。

なぜガチンコの医局があるのかというと、教授がバレーボール部出身だからなのだ。教授命令とあれば、たかがバレーボールごときでもガチにならざるを得ない。

試合の日に合わせて、本院・分院・派遣病院から元バレーボール部の医局員をかき集める。

だが、エースアタッカーが遠方の病院に派遣されている場合は問題だ。

悲喜交々(ひきこもごも)のアンサングヒーロー(縁の下の力持ち)の物語が人知れず語り伝えられている。

バレー部出身の山下先生もその一人だった。