人事異動には悲喜こもごもの物語がある。読者の皆様もそうなのではないでしょうか?
大学病院の本院とは、会社でたとえれば本社に相当する。
支社や傘下の会社が、分院または派遣(関連)病院と考えればわかりやすいだろうか?
分院や派遣病院が同じ都道府県内にある場合もあれば、他県にある場合もある。極端な場合、本院が東京都にあり、派遣病院が北海道にある大学もある。
本院・分院間の異動の場合、たいした手続きはいらない。職員課に上司が書類を一枚出すだけだ。
「来週から異動だよ。よろしくね」などと、教授や医局長から気軽に言い渡される。
隣接する県への異動は通勤圏内と考えられがちだが、交通の便が悪ければ引っ越さなければならない。
一方、公立病院に異動する場合は、約1ヵ月以上前から異動の通知がある。
公立病院に異動=公務員になるわけだから、公的手続きに時間を要する。これは医者特有の人事異動かもしれない。あるときは大学病院の職員、またあるときは民間人、そしてまたある時は公務員……まさに七変化。
ところが、私どもは異動の度に一旦退職扱いにされている。このため厚生年金では不利な年金給付を強いられている。悲しい……。
国立病院は給料が安い。当然医局員に人気がない。それに比べ、同じ公立でも県立病院や市立病院は給料が良く、手当ても厚い。
外科系のある科に血も涙もない教授がいた。
他大学の傘下にあった国立病院部長のポストが空席になった。その教授が他大学を抑え、がむしゃらにそのポストをもぎ取った。部下の誰かを部長として派遣しなければならない。そして私の親しい先輩にお鉢が回ってきた。
先輩には家族がいて、マンションのローンもたくさん残っていた。いくら部長職でも、給料が安い国立病院には行きたくなかった。
先輩が教授室に呼ばれた。
「部長として、君に行ってもらいたい」
「そのお話、できれば辞退させていただきたいのですが……」
「何だと? もう一度言ってみろ!」
「できれば辞退を……」
「お前、明日からもう来なくていいぞ」
いきなりクビ?
「ま、待ってください。いか……行かせていただきます」
先輩にはまだ大学でのポストに未練があったらしい。
「佐々木、俺、やっとドズ(Doz=講師)になったんだよ。できればAP(准教授)くらいまではなりたいんだ。断ったら昇進ムリだろ? しょうがないんだよ」先輩は断腸の思いで国立病院へ赴任した。
その頃、私の所属していた医局でも派遣病院に欠員が生じた。中堅医師を急きょ3ヵ月間だけ派遣してほしいという。公立病院だったので、手続きを急いだ。ところが医局を見渡しても、派遣できそうな医者がいない。
「A君は……若すぎるからダメ。Bさん(女医)は……妊娠発覚だからムリ。来月結婚式なのに、内科のあのダンナ、タネの仕込み早かったなぁ。他には……まさか俺?」
というわけで、この佐々木次郎が地方の病院に急きょ派遣されたのである。
二つ隣の県だったが、東京から特急に乗れば1時間半ほどで行ける病院だった。
わずか3カ月の暫定人事だったので、家族はついて来なかった(泣)。週3回病院の官舎に泊まり、他の日は自宅に帰った。私は週の半分を「特急通勤」していたにもかかわらず、交通費が支給されなかった。
職員課の人はこう言った。
「当院の職員は地元の官舎に住んでいただくのが原則です。だから東京からの交通費は支給できません」
何て病院だっ!