なぜぼくたちだけが生き残ったのか?
人類進化のホットスポット、アジアの化石発掘現場から始まる壮大な謎解きの旅!本当に新種の人類なのか?
まずは、ウォーミングアップ的に、小さな人類化石LB1は「ホモ・サピエンスの子どもではないか」という、誰もが思い浮かべる可能性について。
発見した調査隊も、「最初は幼児の骨だと思った」という逸話があるくらいだから、それなりのリアリティがある考え方ではないだろうか。しかし海部さんは、あっさりきっぱり言い切った。
「子どもというのはないです。歯が生えそろっています」
なるほど、その部分では、異論が生じる余地はないのだ。LB1は成人だ。
では、「病気のホモ・サピエンス説」はどうだろう。なんらかの成長障害で、成人ではあるが体が小さかった、という解釈だ。
もしもこれが本当なら、一番簡単に論争は終息する。少なくとも起源問題は気にしなくてよくなるし、また、矮小化についても、島嶼効果などという不思議な現象ではなく、単に「病気」だった、と済ますことができる。人類学に新たな知見をつけ加えることにはならないものの、論争はすんなり終わってくれるだろう。
では、具体的にはどんなことが議論されてきたのか。
「小頭症、ラロン症候群(ラロン型低身長症)、甲状腺障害などの病気があげられてきました。ただ、現代人がこういった病気で、LB1のような形態になることをきちんと示した論文はまだありません。一方で、そういった病気の症例だと考えるよりも、むしろ、原人と似た特徴があるという研究なら、アメリカやオーストラリアのさまざまな研究者が論文を出して示してきたんです」
ホモ・サピエンスが、小頭症、ラロン症候群、甲状腺障害などで、頭も体も小さいままオトナになったとしても、LB1のような形態にはなりそうにはない。むしろ、LB1には、原人の特徴が多いのだという。これはどういうことだろうか。
「じゃあ、手にとって見てください」
と海部さんから手渡されたのは、LB1のレプリカ(写真1)。記載論文を書くときに、マイクロCTスキャンしたデータから3Dプリンタで出力したものだ。最初は手に持つのもおそるおそるだったが、いつでも出力できるレプリカだと考えると、心に余裕をもって観察できるようになった。
「原人の特徴を覚えていますか? 顔が傾斜して、前に突き出ているのがわかりますね。眼窩上隆起もちょっとあるわけです。ホモ・サピエンスとは全然違いますよね。あと、頭の高さが全然違います。現代人と並べてみると、一目瞭然ですよ」
海部さんは、研究室にあった現代人の標本を隣に並べてくれた。たまたまだが、インドの人の標本だった。
現代人(ホモ・サピエンス)は──
LB1は──
以上、アマチュアであるぼくにもすぐに確認できる特徴だ。そして、LB1のほうの特徴は、本連載でジャワ原人について考えたとき、すべて古い人類の特徴として教えてもらったものだ。
これらの特徴を満たすような「ホモ・サピエンスの病気」は今のところ提唱されておらず、その一方で、原人化石を見慣れた研究者にしてみると、LB1は「原人以外の何者であろうか」ということになるのだ。