# キリスト教 # 日本文化

「キリスト教は日本文化の敵だ」と書いたら牧師さんに感謝された理由

日本のキリスト教徒が困っていること
堀井 憲一郎 プロフィール

日本の中のキリスト教徒

話を聞いた牧師さんは、キリスト教徒の子として生まれ、物心ついたときにはすでにキリスト教徒だったそうだ。自分で判断できるまえに、すでに信者であった(キリスト教ではふつうのことだ)。

しかし、小学校の真ん中あたりになってくると、周りの友人たちとの違いに気がつく。キリスト教徒という存在が、いま自分がいる世界でマイナーであることもわかってくる。

しかし教会内では「われわれは日本ではマイナーである」とは教えないだろう(救うべき人が多いとは言うかもしれないが)。

小学生のとき、次の礼拝日に何人の友人を教会に連れて来られるのか、その名前を書きなさい、と紙を渡され、いつも、途方に暮れた、とのことである。

ある程度の年齢になると、無理に友人を誘えば、嫌がられるとわかってくる。教会の教えも大事だが、友人も大事である。小学生にとって友人はとても大事だろう。でも教会はいつも、友人を連れてきなさい、と迫る。

「キリスト教は暴力である」とは、彼にとってこのときのイメージらしい。これだけではないのだろうが、ひとつ象徴的な話として聞かせてくれた。

おそらく、キリストの教えを守ろうとする伝統的な考えと、より日本社会に馴染んでいこうとする考えがあり、私が会ったのは日本へ寄っていこうとするタイプの牧師さんだったのだ。

だから私の言葉を取り上げて、ある種の刺激として伝統派に示したかったのだ。信者でない人は、こう考えていますよ、という証言として。

彼らは私に向かって「キリスト教のどこが苦手ですか」と聞き、「どうすれば変わるとおもいますか」とも聞いてきた。

苦手なのは、「強制しそうなところ」であり、どうすればいいのかは私はわからないと答えた。そうとしか答えようがない。彼らの誠実さはわかったが、でもやはり私にとってはどこまでも他者の悩みでしかない。

 

日本では「八百万の神」の一柱

考えてみれば、キリスト教の始まりは、信者が少なく、弾圧や排除が繰り返されたことにある。虐げられた状態を乗り越えることによって強い教団が組織され、やがてヨーロッパを覆う力になっていった。

キリストの教えは、自分たちが「まったき弱者」であり、つねに虐げられていたという物語の上に成り立っている。

弱き者が、自分たちの神を信じていれば最後の最後には逆転できる、というストーリーが、キリスト教の魅力のひとつであろう。

でもいまの日本では、虐げられもしない。

もともと明治になっても「キリスト教を信仰することは禁止」のままで、なし崩し的に認めていったが、それは、目の前にいても見えないふり、という扱いだった。それがいまに続いている。

だから日本人は、表面のかっこいい部分、エキゾチックで魅力的な部分だけ取り入れて、キリスト教も「八白万の神」の一柱にしてしまった。その教えにはほぼ関心を持っていない。好きな人は拝めばいいよ、というスタンスである。

思想団体にいる過激派は、転向者が多い、というのが私のイメージである。生まれついての信仰者にとって信仰は生活であるが、転向者はそれまでの考えを捨てて積極的に入信してくる。だから、自分が間違っていないという証明のためにも、原理的になり急進派になりがちである(キリスト教の始祖のようなパウロその人が、そもそも転向者である)。

「日本人」として生まれ、同時に「キリスト教信者」としても生まれた牧師さんは、そのふたつを矛盾したまま受け入れるしかないので、だからこそ穏やかなのかもしれないとおもった。