提供:国立科学博物館

ぼくたちはなぜぼくたちだけなのだろう第20回:増大していく脳容量

彼らはなぜ滅んでしまったのか?
かつて地球上には、ぼくたちと同じ「人類」の仲間がたくさんいた。彼らはなぜ滅んでしまったのか?

なぜぼくたちだけが生き残ったのか?

人類進化のホットスポット、アジアの化石発掘現場から始まる壮大な謎解きの旅

本連載のメンター(指導者)である海部陽介さんが、「ジャワ原人研究」の一線の研究者としてデビューしてから、どんなふうに研究が進展してきたかを追っている。

世界の原人化石の中でも、突出して点数が多く、また、時代的にも長期間にわたるのが、ジャワ原人の特徴だ。「同じ場所(ジャワ島)から、同じ人類の記録(化石)が、百数十万年という長期にわたる地層から、多数、発見される」というわけで、化石1点1点を詳細に見つつ、全体を俯瞰する視点が必要になる。このような俯瞰的な研究ができる古い人類の研究対象はなかなかない。

海部さんは、これまで誰も手をつけることができなかった領域に足を踏み入れているように見える。みずから、サンブンマチャンでの発掘を率いつつ、これまでに見つかっている重要化石すべてにアクセスし(それが難しかった理由は第11回に書いた)、ジャワ原人の進化を明らかにしようとしているわけだから。

ジャワ原人の「進化」をクリアに示した論文

目下、マイクロCTスキャンで、化石の立体データを取得し、新たな知見をもたらそうというところなのだが、実は2008年の時点で、いったんまとめられた論文がすでにある。

やはりこの分野のトップクラスの専門誌の1つ、人類進化雑誌("Journal of Human Evolution”)に掲載された、「ジャワ島のホモ・エレクトスの頭骨形態──継続的な進化、特殊化、絶滅についての新たな証拠」だ。この論文は、現在、公表されている中では、ジャワ原人の進化史的な位置づけについて、もっともクリアに示したものだと考えられるのでぜひ紹介しておきたい。

「この論文では21点のジャワ原人の頭骨を解析しました。産出した地域は、サンギラン、トリニール、サンブンマチャン、ガンドン。時代的には、サンギランの下層のサンギラン層とトリニールが一番古くて、それに次いで、サンギランの新しい層、いわゆるバパン層のもの。そして、サンブンマチャン、ガンドン、というふうに続きます」

サンギランの地層は、日本・インドネシアの合同調査隊が最初にきちんとした年代観を示し、その後も、御茶ノ水女子大学のグループが研究を続けている。今では、トリニールやサンブンマチャンも含めた、ジャワ原人がかかわる地層の年代決定に尽力している。

年代の決定はつねに論争があるところだが、目安として書いておくと、サンギランのサンギラン層から見つかるジャワ原人化石は160万~120万年前にさかのぼり、バパン層の新しいところでは100万~80万年前くらいまで。サンブンマチャンの年代は不明だが、およそ30万年前という可能性が示唆されている。ガンドンは10万年前から5万年前とされる。

これらすべてを3つの化石群に分けるなら、“前期のジャワ原人”(サンギラン、トリニール)、“中期のジャワ原人”(サンブンマチャン)、“後期のジャワ原人”(ガンドン)といった分類が可能だろう。それぞれの年代は、およそ120万~80万年前(160万~100万年前との意見もある)、30万、10万~5万年前である。前期と中期の間には50万年ものギャップがあるが、この時期のジャワ原人化石は事実上見つかっていない。


拡大画像表示写真1 海部さんが2008年の論文で解析した主なジャワ原人の頭骨化石

研究に使われた頭骨化石(写真1)のうち、タイプ標本であるトニリールからのものが1点(T2)、サンギランから出ているのは8点(SのシリーズとBukuranのもの)。

サンギランの化石の豊富さにはあらためて驚かされる。初期人類遺跡として、世界遺産になった実力は半端ではない。そして、海部さんの発掘プロジェクトが続いているサンブンマチャンからは3つ(Smのシリーズ)。

すでに連載でも述べた、ニューヨークの骨董品店から回収されたサンブンマチャン3号や、3号が出たとされる場所のすぐ近くから見いだした4号(写真2)など、海部さんが前任者の馬場悠男さんらとともに「発見」にかかわった標本だ。そして、ジャワ原人の中では一番新しいとされるガンドンのものは、実に頭骨が9つ!(Ngのシリーズ)

写真2 サンブンマチャン4号の頭骨底面にこびりついていた砂。海部さんらのグループはこれを分析してこの化石の年代を推定した