なぜぼくたちだけが生き残ったのか?
人類進化のホットスポット、アジアの化石発掘現場から始まる壮大な謎解きの旅!
海部陽介さんがジャワ原人研究の第一線に飛び出すきっかけとなったのは、2005年にジャワ原人の歯と顎の標本を網羅的に見て、分析し、時代とともに顎も歯も縮小していく傾向を明らかにした論文だ。
かつて、断続平衡説(進化には平衡状態で動かないときと、がーっと一気に進むときがある、というような説)の「平衡状態」の実例とされていたジャワ原人が、歯と顎という咀嚼器官だけを見ても、大きく時間変化しているのを見いだした。それは、人類進化のひとつの方向性である「咀嚼器官の縮小」でもあって、むしろ、アフリカの原人よりも早い時期に起きていたことも示した。
ジャワ原人は、停滞していたどころか、進歩的な面があった! とも解釈できる結論は、原人研究の景色を変えるものだった。
と同時に、「歯と顎」を見ることで、何十年にもわたって続けられてきた、とある論争に切り込んでいくことにもなった。
メガントロプス論争
本連載でも、第8回でサンギランの博物館を訪ねた際に、ちらりと触れた。
「もう一度、この標本を見てください。下の古い層から出てくるごつい顎と歯。これを見て、本当にいろんな説が出ました。なかでも、サンギランで初期の発掘をしたケーニヒスワルトは、ピテカントロプス属とは別のメガントロプス属がいたと考えたのです。」
「そのほか、北京原人を研究していたドイツ人のワイデンライヒは、ピテカントロプスよりも古いと考えて、人類の祖先は巨人だった、としました。さらに、アフリカのホモ・ハビリスに相当する人類だとか、頑丈型猿人の仲間だとか、本当にさまざまな説が唱えられたんです」
ただしメガントロプスは、雪男、イエティといった類のUMA(未確認動物)の名前としても使われることがあるので、要注意。ここでは、あくまで、かつてジャワ島にいた古い人類について述べている。古い地層から出てくる大きな顎に対してつけられた名前だ(写真1)。

歯も顎も極端に頑丈で、後方からみた下顎骨の断面(右上)でも、骨が分厚いことがわかる。読者も自身の顎の骨を触ってみて、違いを確認してほしい
破格に大きいことから、ピテカントロプス(今はホモ・エレクトス)とは別の、巨人のような人類だという説や、アフリカの原始的な原人ホモ・ハビリスに相当するものだとか、270万~140万年前のアフリカにいた頑丈型猿人だとか、さまざまな説が提案されてきた。
北京原人研究者だったワイデンライヒが1946年に書いた“Apes, Giants, and Man”という論文では、ピテカントロプス(当時)よりも古くからいた人類で、ゴリラよりも大きかったと推定されており、そこから尾ひれがつく形で、一般の人類学ファンや、未確認生物ファンにも学術的ではないものの議論が広がった。身長2メートル50センチに達する巨人だった、などという説もまことしやかに語られている。
その一方で、学術的な場でも継続的に議論はあって、しかし決定的な証拠がないまま、結局、1940年代から21世紀に至るまで、半世紀以上にわたる謎として残されていた。