ぼくたちはなぜぼくたちだけなのだろう 第16回:ホモ・エレクトス

彼らはなぜ滅んでしまったのか?
川端 裕人 プロフィール

旧人は意外に多様だった

そして、旧人の登場。

「アフリカでは100万~60万年前のどこか、ヨーロッパでも60万年前頃、アジアでも30万年前には、原人よりも脳が大型化し、ほかにも現代人に近い特徴を持った旧人が現れます。」

「多くの研究者は、旧人もアフリカで原人から進化して、出アフリカしたと考えています。一番有名なのは、30万~4万年前頃にヨーロッパを中心に分布していたネアンデルタール人ですね」

ネアンデルタール人の生活の復元(ネアンデルタール博物館にて筆者写す)
ネアンデルタール人と現生人類の力比べ。ネアンデルタール人、強い(ネアンデルタール博物館にて筆者写す)

たしかに、ネアンデルタール人は「超有名」である。これも教科書的な知識と言っていいだろう。発見地のネアンデルタール谷(ドイツ)には、「ネアンデルタール博物館」というものまであって、ぼくもたまたま訪ねたことがある。かなり気合の入った人類学博物館だった。

状態のよい旧人の化石からはDNAの断片が取り出せることがあり、その研究から、ネアンデルタール人が現生人類ホモ・サピエンスと混血していたという話題がショッキングに報じられたりもした。

発掘されたネアンデルタール人の頭骨(ネアンデルタール博物館にて筆者写す)
発掘地のネアンデルタール谷(筆者写す)

また、シベリア南部のデニソワ人は、やはりDNAの研究から、ネアンデルタール人とは違う旧人であるとされた。さらに、このデニソワ人が、現生人類と混血して現代のメラネシア人に受け継がれているとする研究もある。

中国でも、北京原人の後の時代の地層から、より進歩的な旧人段階の化石が見つかる。

旧人がどのような素性だったのかは、今ひとつわかっていないことが多い。ヨーロッパやアジアの旧人のすべてがアフリカ起源(アフリカに共通祖先を持つ)なのかどうか、あるいはそうでないのか、実は、まだよくわかっていない。多くの研究者が「アフリカで原人から進化して、出アフリカした」と想定しているとは聞いたけれど、いまだ論争中、証拠待ち、の状態。

いずれにしても、旧人まで来ると、脳の容量は現生人類よりも大きめのことすらあるほどで(ネアンデルタール人では1600cc以上のものも見つかっている!)、これまでの議論とはちょっと違う次元に入って、さらに現代人に近づいた感がある。


拡大画像表示人類の進化と脳容積の変化(第15回に掲載した図)

ホモ・サピエンスの均質さ

そして、やっと新人、ホモ・サピエンス。

新人と言ったときには、比較的ことは単純で、現生人類であるホモ・サピエンスのことを指している。つまり、この連載の中で一番、狭義の「ぼくたち」だ。

ヨーロッパでクロマニョン人と呼ばれている人たちも、日本で縄文人と呼ばれている人たちも、すでにホモ・サピエンスで、広い意味で現代人の直接的な祖先だ。

これまで見てきた猿人原人旧人が生きていた頃は、それぞれ、同時代に異なる種の人類があちこちにいたのに、ホモ・サピエンスの時代はそうした人類の地域的多様性が失われる。これは、本連載の関心事である「どうしてぼくたちは、ぼくたちだけなのだろう」という疑問にも直結している話だ。

「今の説では、世界中のすべての現代人の起源は、およそ20万年前のアフリカに起源があるということになります。現代人の共通祖先です。形態学的な研究や、遺伝人類学的な研究を中心に、ほかのさまざまな証拠が積み重なって、この見解を支持しています。アフリカの旧人から進化して、その後しばらくしてからアフリカを出て全世界に散らばっていって、各地の現代人集団が成立したわけです」

ホモ・サピエンスのアフリカ起源説、という。

この説が確立したのは21世紀になってからで、比較的最近だ。それまでは、それぞれの地域で原人旧人になり、さらに旧人新人になった、というふうな対立仮説(多地域進化説)も一定の支持を集めていた。


拡大画像表示多地域進化説とアフリカ起源説
多地域進化説とアフリカ起源説
  • 多地域進化説:ある地域集団に突然変異が生じると、遺伝子が隣り合う集団にも受け渡され、網の目のようにさまざまな方向に行き交ったという考え方。
  • アフリカ起源説:世界中のすべての現代人の起源は、およそ20万年前のアフリカにあり、その後、世界中に広がっていったという考え方。

出典:『人類がたどってきた道―“文化の多様化”の起源を探る』(海部陽介著:NHKブックス)

しかし、遺伝子レベルでの議論ができるようになった1980年代末から、形勢が変わった。さらに世紀が変わってからのアフリカでの新しい化石の発見、考古学的証拠の報告が相次ぎ、アフリカ起源説はゆるぎないものとなった。

出アフリカのドラマについての一般書は数多く書かれているので、興味の湧いた読者はぜひ読んでみるといい。海部さんの著書『人類がたどってきた道』(NHKブックス)でも、かなりの紙幅が割かれている。

「ひとつ興味深いのは、ホモ・サピエンスがアフリカを出たとき、人類って、すごく多様だったってことなんですよね。各地にネアンデルタール人をはじめとする旧人がいましたし、東南アジアの島嶼部にはまだ原人もいたわけです」

海部さんの言葉に、はっとした。

本当に人類の多様さというのは面白い。現生人類が出てきたあとでも、旧人原人は存続しており、その意味では、ホモ属はまだ多様性があった時代だった。

それなのに、今、この瞬間、「ぼくたち」はホモ・サピエンスだけなのだ。なんという均質な時代なのだろう。(次回に続く)

監修 海部 陽介かいふ ようすけ

人類進化学者 国立科学博物館人類史研究グループ長

1969年東京都生まれ。東京大学理学部卒業、東京大学大学院理学系研究科博士課程中退。理学博士。1995年より国立科学博物館に勤務し、現在は人類史研究グループ長。「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」代表。第9回(平成24年度)日本学術振興会賞。化石などを通して約200万年にわたるアジアの人類史を研究し、ジャワ原人、フローレス原人などの研究で業績をあげてきた。アジアへのホモ・サピエンスの拡散についての、欧米の定説に疑問を抱き、これまでグローバルに結び付けて考えられてこなかった日本の豊富な遺跡資料を再検討。著書『日本人はどこから来たのか?』(文藝春秋)。