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習近平はなぜ憲法改正に踏み切るのか? 3つの大胆な仮説

これは間違いなく大きなリスクだが…

そこまでやる動機は?

2月25日中国共産党中央委員会の名で憲法改正案が公表されて、内外に衝撃が走った。

新設される国家監察委員会を憲法上の機関とする改正だけでなく、「国家主席、副主席の任期は連続して2期を超えてはならない」規定を削除する改正内容が入っていたからだ。

「習近平は3期やるつもりでは?」「いや終身主席を狙うかも」といった憶測は昨年もずいぶん囁かれた。

しかし、東洋の美学に照らせば、3期目をやるにしても「続投を求める朝野の声に背中を推されて、本人が同意する」かたちをとるべきだ。それを、2期目が本格的に始まってもいない今、自分から3期目の座を取りに行くような憲法改正に踏み切るとは思わなかった。

しかも改正案は3期どころか、文言上は終身重任することにも途を拓く中身だ。中国は晩年の毛沢東がもたらした途方もない災難を教訓として、幹部の引退を制度化したはずなのに、習近平はその教訓を反古にするのだろうか。

憲法改正に踏み切った動機については、いくつかの仮説が考えられる。

 

仮説1「毛沢東を理想とする保守派だから」か?

この仮説に立つと、習近平が昨秋の党大会で決めた幾つかの人事と辻褄が合わなくなる。

たとえば、当代一の理論家、王滬寧を左派や保守派の牙城である宣伝部門のトップに据えた。

王は「新権威主義」のイデオローグとされる。政治の民主化、政治体制改革を否定しないが、それは経済発展を遂げて健全な中産階級を十分育成した後での話だとする考え方だが、鄧小平が支持したことからも窺えるように、党内の左派や保守派は受け容れない考え方だ。

王独りで、半ばDNA化した宣伝部の保守的なアタマを変えられるとは思えないが、少なくとも宣伝部はこの人事を喜んではいないだろう。

経済に関しても、腹心の経済ブレーン、劉鶴を政治局員の1人に抜擢し、副総理として重用する構えだ。

劉鶴は「サプライサイド改革を通じて経済の効率を高めることがこれからの成長エンジンだ」とする構造改革派の旗手的存在で、これまた伝統的な社会主義経済を墨守したがる左派・保守派とは対極の考え方だ。

仮説2「皇帝のような権力集中を欲しているから」か?

たしかに、習近平はライバル(になりそうな幹部)を端に押しやるような人事ばかりする。徳川幕府にたとえれば、譜代大名(福建や浙江など地方勤務時代の子飼いの部下)を重用して外様(共青団系のエリート)を冷遇する。

昨秋の党大会でも、慣例に反して、「ポスト習近平」と取り沙汰されそうな1960年代生まれの政治局常務委員を1人も任命しなかったなどの人事であり、全ての権力を掌中に収め、競合するような指導者を排除したい姿勢があからさまだ。

ただ、何のためにそうするのか。「権力が自己目的化している」あるいは「誰かに権力を奪われるのではないかと不安で仕方ない」という解説だけでは食い足りない。

習近平の1期目5年間を振り返ると、反腐敗、軍制改革、新常態、一帯一路等々と、憑かれたように新機軸を打ち出してきた。「権力が自己目的化」している暇などなかったと思えるくらいだ。

仮説3「政策が思うに任せないことへの危機感ゆえ」か?

筆者は、習近平を権力強化に走らせているのは強い危機感だとみる。表向き「中華民族の偉大な復興」を掲げて自信を見せる習近平だが、ハラの内では施政が思い通り進んでいないという焦燥感が強いのではないか。

1期目の習近平政権は、外交でまずまずの成果を遺した。「一帯一路」に象徴されるように国際的な影響力や存在感を高めたし、最初案じられた対米関係も、トランプとの間でひとまずは良好な関係を構築することに成功した。

軍との関係では、反腐敗作戦を通じて郭伯雄、徐才厚の「2匹の大虎」(いずれも軍事委副主席経験者)を退治したことが決定打だった。

この2人の世話にならずに将官になった軍人はほとんどいまい。「徐才厚が備忘のために送り主の名前を書き付けた包み紙ごと多額の現金が押収されたので、誰が幾ら送ったかが丸見えになった」という笑い話も聞いた。

ということは、昔からいた軍幹部は、不服従の兆しが少しでも見えれば、直ちに立件されて監獄送りにされる恐怖で縛りつけられているようなものだ。

そういう恐怖心を利用して、対外政策に圧力をかける強硬派の牙城、解放軍(OBや周辺も含む)を制圧できたことは、習近平の外交政策の自由度を高めた。

ドゥテルテ比大統領に「(マニラ沖の)スカボロー礁の埋立はしない」という言質を与えたことなどは好例だ。弱い指導者では考えられなかったことだ。(注1)。

注1:パラセル(西沙)諸島とスプラトリー(南沙)諸島の軍事拠点化は続いているが、スカボロー礁については、2016年のハーグ国際常設仲裁裁判所の判決が出て以降、中国の動きは止まっている。同年10月ドゥテルテ比大統領が訪中したときに、習近平が「スカボロー礁の埋立等はしない」旨の言質を与えたことを、比の閣僚が2度にわたって明らかにしており、中国外交部も記者会見での質問に対して「極めて遺憾な発言」としながらも「事実無根」とは言わなかった。日本では、その後のドゥテルテ大統領の親中姿勢を訝しむ人が多いが、日本のメディアが報じなかったこの事実を補助線に引けば、辻褄はきちんと合って見えてくる。この言質が何時まで守られるかの保証はない。習近平の権力が弱まれば、中国では必ず巻き返しの動きが起きるだろう。しかし、領土・領海に関わる問題で、相手国にこんな言質を与えること自体が、弱い指導者では考えられなかったことだし、仮に言質を与えても、現場で言質を覆すような振る舞いが多発しただろう。