探して隠して掘って食う…春の激旨食材「じねんじょ」を巡る戦い

狩猟民作家が秘伝を伝授
阿井 渉介 プロフィール

自然薯が太った頃、小型金属探知機を手に……


古典はだった。

二粒か三粒の麦を「いも」の上に埋めておく。麦は冬に発芽する。そのころの山は枯葉と土の色が占める。そこに初々しい緑の芽が伸び上がる。

まさに一目瞭然だが、こういうアイデアはちょっとでも人に洩らしたら、数年後には、二月の山が麦の芽をさがす者たちで賑わう。

野趣に富む緑の目印はすたれてしまった。

木の枝に紐を結ぶという方法もあった。最初は直近の一本の木だったものが、離れた木々四本に結び、その交点がポイントというふうに複雑化した。が、鵜の目鷹の目に見破られ無効化した。

ジュースの空缶が登場したことがある。去年掘りにきた者が投げ捨てていった風情に、半分枯葉に埋もれさせて目印にするのだが、これもあっという間にポピュラーになり、やけくそ半分呑み散らしていったコーヒー、ビール缶まで散乱し、どれが目印かわからなくなってしまった。まあ、木と紐の活用に過ぎないから仕方がない。とにかく、簡単にわかる目印では、かえって敵を招き寄せ、奪い掘られてしまう。

 

仁義なき戦いは、だれのものでもない自然薯をめぐってのこと、咎(とが)めようがない。最近は歯止めがなくなって、葉が緑のうちに蔓を払ってしまう輩(やから)がいる。普通、掘り取ったあとは穴を埋め戻しておく。さもないと、斜面では土が流れて山が荒廃してしまうからだ。採った「いも」の、頭から十センチくらいを、折って地中に戻しておく。すると、そこから芽が出て、何年かあとにはまた収穫できる。しかし、こうした不文律も最近は守られていないようだ。

こうした乱世を少しは鎮めるかもしれない秘伝を、ここに公開する。

この秘策を発明して以来、後日採りに行くと、そこには大穴が開いていて、あるべき「いも」がないなどという、怒髪天の悲劇には遭ったことがない。何度もの歯ぎしり地団駄のあげくの発明だが、簡単な仕掛けだ。

蔓を地面ぎりぎりで切り取って、その上に折れ釘か鉄片を載せ、土をかぶせてしまう。これだけだ。

名人がいる。

枯葉の積もった地表をさらりと撫でただけで、「いも」の在処を察知する。前述の地表から数センチ残る蔓の触れ心地によってわかるらしいが、地面には枯葉が積もり、その枯葉の下には自然薯だけではない、無数の蔓植物の切れ端があって、触れただけで察知するのは至難のだ。コツを教わったが、私には無理だった。

私の発明は、こんな名人でも手も足も出ない、画期的なものだ。苦労して見つけた「いも」を、先にだれかに掘られてしまう心配をしなくていい。安んじて、収穫を待つことができる。

季語のことを先に述べたが、松尾芭蕉によれば、新種を迎えて梅が咲き、川辺に水菜が茂る頃が、自然薯は一番旨くなるという。

梅若葉 鞠子(まりこ)の宿の とろろ汁

だが、好みもあろうが、私はもうしばらく我慢して、3月から4月はじめの春先まで太らせたほうが旨くなると感じている。

秋、自然薯をさがして山歩きをするのは楽しい。だが、それを掘る楽しみには及ばない。狩猟採取の古代を体感できるのだ。

3月になったら、小型金属探知機を充電する。鶴撥(つるばち)とも呼ぶべき専用の鶴嘴(つるはし)と掌(てのひら)大のアワビの殻、鉈(なた)、鋸(のこぎり)なども携行する。鶴撥は一方が鶴の嘴(くちばし)、もう一方は三味線の撥の形をしている。

現場に着き、地図に照らし、小型金属探知機を地表にかざすと、土中の折れ釘や鉄片がピーッと頼もしく反応してくれる。鶴の嘴で土石を崩し、撥のほうで掻く。急な斜面だと掻いた土を落としてゆけるから楽だが、平らな地面を掘らなければならないときもある。そんな場所では「いも」の何十倍もの直径の穴を掘らねばならない。

それでも、場所が石塊だらけの赤土なら、気が逸(はや)る。そういうところの「いも」は、とろろ汁にすると、擂り鉢の中で擂りこ木を廻すのが難しいほど粘る。土の香がぷうんと匂う。

いま、田園はまさに荒れなんとして、耕作放棄された蜜柑畑や茶畑にヤマイモが大きく育っていることがある。だが、こんな場所のイモは駄目だ。何十年も化学肥料を施された土は、黒々として肥沃を思わせ、イモは太ってはいるが、とろろ汁にしても粘り気がなく、土の香りも希薄なのだ。