提供:国立科学博物館

ぼくたちはなぜぼくたちだけなのだろう 第14回:発掘と研究

彼らはなぜ滅んでしまったのか?
かつて地球上には、ぼくたちと同じ「人類」の仲間がたくさんいた。彼らはなぜ滅んでしまったのか?

なぜぼくたちだけが生き残ったのか?

人類進化のホットスポット、アジアの化石発掘現場から始まる壮大な謎解きの旅!

科博の研究活動は「つくば」が本拠地

国立科学博物館というと、上野にある展示施設がまず思い浮かぶ。

それはまったく正しくて、展示物をたくさんの人に見せる施設としての科博は、上野の本館にほかならない。前回(第13回)では、その一角にあるマイクロCTスキャン装置で、古い人類化石の立体データを取得する様子を紹介した。この施設が上野にあるのは、研究活動の一部をやはり「展示」として、一般の来館者に見せる意図があるそうだ。

では、その研究活動というのは、ふだんはどこで行われているのか。

実は、茨城県つくば市に、巨大な収蔵庫(自然史標本棟)や総合研究棟などからなる「筑波研究施設」があり、そちらが研究活動の本拠地なのだ。東京からだと、つくばエクスプレスの終点、つくば駅までまず出て、そこからバスなりタクシーなりで向かう。

本連載のメンター(指導者)である海部陽介さんは、科博の数ある研究部門の中の、人類研究部・人類史研究グループに属している。「人類史博物館」ではなく「自然史博物館(科学博物館)」なので、ほかにも動物研究部、植物研究部、地学研究部などがあり、それぞれ研究者が配されている。

ちなみに、科博といえば恐竜!というイメージを持っている人もいるかもしれないが、それは地学研究部・生命進化史研究グループのテーマだ。

科博の筑波総合研究施設にて。総合研究棟の屋上からは、つくば市内が一望できる。手前は植物園の温室(筆者写す)
巨大な収蔵庫(自然史標本棟)に収められている大型動物の骨格。正面はキリンの骨(筆者写す)

科博の研究者の「研究室」は、この筑波研究施設の中にある。何度か訪ねたことがあるけれど、まず個々の研究者が専有できる部屋があって、デスクと書架、手元に置きたい標本などを収蔵しておくキャビネットなどが備えつけられている。これは研究者のプライベートスペースという雰囲気だ。物理的な場所としての「研究室」は、まさにこの部屋がそうだろう。

さらに各部ごとに大部屋があって、さまざまな作業を行えるようになっている。人類研究部の場合、まず大きめの収蔵キャビネットに、古い人類の化石模型がぎっしり詰まっている。そして、標本をクリーニングしたり、比較検討したりできるテーブルがいくつも置いてある。これは中学校や高校の理科室的な雰囲気を想像してもらえばいい。

ぼくがあるとき訪ねると、テーブルの上では縄文時代の古い人骨のクリーニングが行われていた。なにかの建築現場から出たものを引き受けたものだと聞いた。

また、別のときには、考古学や人類学を学ぶ学生さんたちの実習の最中で、机の上にはさまざまな化石人類や類人猿の骨の模型がだーっと並べられ、壮観だった。


拡大画像表示人類研究部の大部屋にあるキャビネットの中。中国の山頂洞人などのレプリカがあった(筆者写す)

さらに、収蔵庫である自然史標本棟にも廊下でつながっている。人類研究部は「縄文時代から近世に至るまでの、日本各地の遺跡から出土した古人骨標本1万体以上」を収蔵していることで知られる。とくに、江戸時代の江戸の遺跡出土資料は多い。

東京では何か大きな工事をするたびに人骨が出るとも聞いた。それこそ「新宿で縄文人の人骨発見」(2012年)というようなことが実際に起きるので、科博がそれらを引き取ることになる。


拡大画像表示建築現場から出土した人骨をクリーニング

その一方で、縄文時代以前の人骨はほとんどない、というのもポイントだ。日本の国土の大部分が火山灰由来の酸性の土壌なので、骨が残りにくいのが原因といわれる。例外的に、アルカリ性の石灰岩土壌の沖縄では、縄文以前の旧石器時代の人骨が出る。

なお、収蔵庫に収蔵されている標本などの点数としては、やはり動物研究部や植物研究部が、数の上で圧倒的だ。動物研究部だけでも200万点以上にもなる。片鱗を味わいたければ、科博の標本・資料データベースhttp://db.kahaku.go.jp/webmuseum/)を覗いてみるといい。好きな動物なり、植物なりの名前を検索するだけで、どんなものが収蔵されているかわかる。モノによっては気が遠くなる件数がヒットする。でも、それが自然史博物館なのである。