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英国人記者の目からみた、東日本大震災「津波の霊たち」

被災地で相次ぐ「幽霊」の目撃談の謎

新聞記事だけでは伝えきれない

―『津波の霊たち』の原著である『Ghosts of the Tsunami』は昨年8月に発売された後、英エコノミスト誌のブックス・オブ・ザ・イヤーに輝くなど高い評価を獲得、日本以外でも翻訳本が出版される動きがある話題作となっています。

パリーさんは東日本大震災が起きたとき、英ザ・タイムズ紙のアジア編集長・東京支局長として震災取材に尽力されましたが、当初から本というかたちにしようと考えていたのでしょうか。

震災の翌日には被災地に赴き、取材を始めました。そして、早い段階でこの震災は問題があまりにも深すぎて、新聞記事だけでは正当な認識をすることが非常に難しいということに気づいたんです。

そこで一冊の本にして、説明する必要があると思ったのですが、適切なアングルを見つけるのに2年近くかかりました。結局、今回の震災のなかでも特定の出来事に焦点を絞り、物語風に事実を描写する「ナラティブ・ノンフィクション」という手法をとることにしたのです。

主な取材対象にしたのは、適切な避難ができずに、多数の児童が犠牲となった大川小学校です。この学校で何が起きたのか、子どもを失った遺族の葛藤や県と市を相手にした裁判を克明に描くことで、「震災」を伝えたいと、執筆しました。

 

―遺族の方々への取材は容易ではなかったと思います。

悲しみに打ちひしがれている遺族が「もう話したくない」と言ったときに、それ以上説得することは簡単なことではありません。取材中に遺族が泣き始め、「どうして私はこの人を泣かせているのか」と自問し、心を痛めたことも一度や二度ではなかった。

取材に応じることで遺族の人生が変わることはありませんし、すぐにプラスになるようなこともありません。当然取材を拒む遺族の方もいます。それでも根気強く取材を続けました。

この本は元々、日本のことについてあまり知らない外国人向けに書いた本です。取材を進める際、遺族には「日本以外に住んでいる人にこの大災害が人々の人生に与えた影響を伝える、そのことには大きな意味があるんです」と説得を試みました。

二つの側面を持つ「我慢」

―本書では震災取材を通して見えてきた日本人の「我慢」という精神性についても分析しています。「日本人の受容の精神にはもううんざりだった。過剰なまでの我慢にも飽き飽きしていた」と書いていますね。

日本人の「我慢」は文化的な概念なので、一つの単語に英訳することはできない。それほど外国人にとってはすぐに理解できる言葉ではありません。ただ、この震災において、日本人の「我慢」には二つの側面があることがわかってきました。

一つは震災による危機的な状況における「我慢」です。食料が足りていないにもかかわらず、被災者同士が冷静にお互い協力しあう。この「我慢」には日本人の受容、決意、忍耐が表れています。

もう一つは無抵抗、現状を受け入れるという「我慢」です。現状を変えるべきときでも何もしない、そういった精神性ですね。

私は2012年、代々木公園で行われた大規模な反原発デモに行きましたが、その勢いは次第に弱まり、結局、社会を大きく変えるほどの政治行動にはなりませんでした。

本来、酷い事故がヒューマン・エラーや政府側のミスで起きたとき、人々は一丸となって立ち上がり、政府に説明を求め、政策を変えるように要求しなければならないと私は思っています。

―大川小学校側の対応を巡り、遺族は裁判を起こしました。

欧米とは違い、日本社会では訴訟すら「我慢」の欠如だと見なされる。そんななか遺族たちは裁判を起こしました。私は取材を通し彼らとも親しくなりましたが、その行動に敬服します。