写真:森清

元新聞記者が、いま小説で「検察の世界」を描く理由

悪が見えなくなっている時代に

「絶対悪」が見えにくい現代において、「検察の正義」はどこにあるのか。そして、それはわれわれにとって必要なものたり得ているのか――。元新聞記者で横溝正史賞作家の伊兼源太郎氏が、いま検察小説を書いた理由とは。

新聞記者からミステリ作家へ転身

──伊兼さんは新聞記者からミステリ作家になられましたが、なぜミステリを書こうと思われたのでしょうか。

伊兼 切っ掛けは、藤原伊織さんの作品に出会ったことです。『テロリストのパラソル』を読んで、こんなに面白い作品があるのかと思い、自分でも書き始めました。

──『テロリストのパラソル』は、どこが面白かったのですか。

伊兼 主人公がぶれないところが、かっこよかったんです。主人公に軸があるというのが好きなのですが、それは藤原伊織さんの作品を読んで初めて意識したと思います。僕が新聞社の編成にいた時に藤原伊織さんが亡くなられて、訃報を一面にするか、社会面にするかの話になりました。僕は「絶対に一面にした方がいい」といって、実現してもらったのを今も覚えています。

──藤原伊織さんを読むまでは、どんな小説がお好きだったのですか。

伊兼 ミステリは、ほとんど読んでいないです。父親が持っていた司馬遼太郎さんを読んだり、ミステリでいえば松本清張さんや横溝正史さんを少し読んだりしていましたが、嵌まるというほどではありませんでした。記者として色々な事件を取材していると、記事だけでは追えないものがありました。それを表現するには小説がいいと考え、その延長線上にミステリがあった感じです。

──デビュー作の『見えざる網』から一貫して社会的なテーマを描いているのは、ミステリを書くようになった動機とも関係があったんですね。

伊兼 それはあるかもしれませんが、自分が社会派と思ったことはないですね。

伊兼源太郎氏(写真:森清)

──新作の『地検のS』は、湊川地方検察庁を舞台にした連作短編集です。検察を描いた作品はあまり多くありませんが、なぜ検察を題材にしようと思われたのですか。

伊兼 巻頭の「置き土産」を書いた時は、それほど検察を意識してはいませんでした。この作品では、主人公とは別に事件の裏側で地検総務課長の伊勢が暗躍するのですが、伊勢という人物が自分で書いていてもよく分からなかったんです。

伊勢は事件を処理しますが、それが果たして正しいことなのか、自分の中の正義とは違うのではないかということを考えながら書いていました。そうすると、伊勢の正義は我々の正義とイコールなのか、本当の正義とは何かなど、次々と疑問が出てくるんです。

正義を象徴する機関は警察か検察です。最終的に判決を出すのは裁判所ですが、その前に警察が逮捕した人物を起訴するか、つまり裁判を行うかを決める検察という関門があるのに、あまり注目されていません。正義とは何かを考えるために、一度、検察を書いてみなければならないと考えました。

──検察のことは取材されたのですか。

伊兼 作中にも書きましたが、検察は本当に取材ができないんです。それでも記者時代に少し取材をしましたが、その少しを想像力で拡大して書きました。それだけに、やりがいはありましたし、雰囲気などは出ていると思っています。

──「置き土産」は、新聞記者の沢村が主人公です。他社にスクープを抜かれた沢村は、本社に上がるためスクープを取らなければならなくなる。ネタ探し中に、地検の中で隠然たる力を持つとされる伊勢の怪しい動きを摑んだ沢村は、取材を本格化させていきます。こうした沢村の焦りは、実際に記者だった経験から生まれたのでしょうか。

伊兼 僕は、沢村ほど熱心ではありませんでした(笑)。ただ沢村のような記者はいましたし、心理も理解できます。

──第二話以降も、謎めいた伊勢を狂言廻しに使った物語になっていますが、この作品は連載ではありませんよね。

伊兼 そうです。最初に「置き土産」を書いた後、当時の「小説現代」の編集者に、「伊勢でもう一作書きたいのですが」といったら、「では、やってみましょう」との話になりました。それで「暗闘法廷」を書き、その他の短編も書いていったので、僕の中では連載の気分でした(笑)。

──では、当初から結末は考えていたのですか。

伊兼 長編も同じですが、最初から計画を立てて書かないんです。

──本書は一話完結ですが、通して読むと長編になっていますよね。それでも最初から計画していなかったんですか。

伊兼 ミステリ作家には、きっちりプロットを作る人もいれば、二、三割考えたら書き始める人もいると思うんです。僕は後者で、どうせ後から変わると割り切っているので、プランを作り込むより先に書き始めます。