画/おおさわゆう

どんなに美人でも、「コレ」をしない女医は不潔と呼ばれます

覆面ドクターのないしょ話 第6回
病院の手術室では、「清潔」「不潔」の基準が、世の中で一般的に言われているレベルとは桁違いに厳密である。人であろうと道具であろうと完全に滅菌されていなければ、すべて「不潔」なのである。そんな手術室で、「恥辱にまみれて清潔なままでいるか? それとも、不潔に堕ちて恥辱から逃れるか?」という難題を突きつけられた若き日の次郎先生はどう決断したのか?

悲劇の主人公は、いてもいなくてもいい第三助手

「おまえ、何てことするんだよ! 今、この男に触ったよな?」
「わざとじゃないんです」
「オレは見てたんだぞ! あれほど触るなって口を酸っぱくして言ったのに」
「私、本当に彼に触るつもりはなかったんです。許してください」
「おまえはもう……フケツなんだよ!」
「フケツ……」
「すぐにここから出ていけ!」

言われているのは女性である。年上の男に怒鳴られて泣きそうになっている。

この女性、何をしたのだ? どんな汚らわしい女になってしまったんだ? 彼女が触ってしまった男はよっぽど悪いヤツに違いない。そんな男とは別れたほうがいい。そうだ、そうしなさい!

実はこれ、そのような男女間のもつれ話ではない。

手術室でよくあるエピソードなのだ。

 

怒られているのは新米の女医さん。ドクターになって1年目の研修医。今日、初めて手術の助手についたのだ。

手術には様々なスタッフが関わっている。

まず執刀医がいる。オペレーターという。

それをアシストするのが第一助手である。この業界では「前立ち」ともいう。

なぜ「前立ち」というのか? それはオペレーターの前に立っているから「前立ち」という。実は、手術で重要な役割を担っている。執刀医の一手二手先を読んで、その意を汲み、手術が円滑に進むように導くのが「前立ち」の役目なのだ。執刀医がベテランならば正確かつ控えめにアシストし、執刀医が未熟ならば指導医として振る舞うのが第一助手である。一般企業でたとえるなら、頼りになる部長補佐みたいなものか?

第二助手はその隣で手術をアシストする役割だが、その重要性は下がる。

第三助手にいたっては、いてもいなくてもいいくらいに成り下がる。勉強させていただけるだけでありがたいことだ。

右前が「オペレーター」、左前が「前立ち」、左奥が第二助手(photo by istock)

手術には、このほかに看護師さんが入っている。医師にメスや針糸や各種器械を渡す看護師さんを直接介助という。略して「直介」。手術には直接入らず、出血量を測定したり、追加の器械を用意したり。記録を書いたりする看護師さんを間接介助といい、記録上は「間介」、会話では「外回り」という。

さらにこれらのスタッフの他に見学者がいることもある。同じ科の仲間が勉強しに見学に来るのだ。

さて、件の女医さんだが、この日は第三助手として手術に参加した。つまり、いてもいなくてもいいくらいの役割である。

この第三助手というものは結構退屈で、つらく、悲しい。まず、立ち位置が遠くて手術がよく見えない。最初は必死にのぞこうとするのだが、先輩に「顔を近づけるな!」と怒られる。シュンとなってやる気をなくすと眠くなる。眠くなると役に立たない。先輩から喝が入る。

「ボケッとしてるな!」
「もっと力を入れて引っ張ってろ!」
「やる気ないなら出て行け!」

第三助手は召使のような扱いを受けるのだ。先輩から蹴りが入ることもある。

私も新米の頃、何度もこの目に遭った。

「器械で腹を引っ張ってろ」と言われたが、遠くて見えない。「よく見えないんですが…」と私が口答えしたら、執刀医は言下に言い放った。

「お前が見えてどうすんだよ!」