ぼくたちはなぜぼくたちだけなのだろう 第4回:ピテカントロプス

彼らはなぜ滅んでしまったのか?
川端 裕人 プロフィール

P.e. 175m ono 1891/93

幹線道路から一本入った道をくねくねと進むと、ソロ川沿いの河岸段丘の上に出た。
そこに、ゾウがいる。

生きているものではなく、コンクリートでつくられた、ちょっと見ているだけで脱力しそうな不思議な造形だ。象牙が非常に長く、現生のアジアゾウともアフリカゾウとも違う。いわゆる、ステゴドンという古代ゾウ。日本でいうアケボノゾウなどの仲間だ。

トリニールでぼくたちを迎えてくれた、古代ゾウ(ステゴドン)の模型(筆者写す)

その隣を通り過ぎて、さらにいくつかの建物の脇を越すと、川が見えた。今、海部さんたちが発掘をしているサンブンマチャンのあたりと違って、かなり切り立った段丘だった。川を真下に見おろす角度は、ほとんど崖と言ってもよい。

そして川の近くには、記念碑が建っていた。通称、「トリニール・ストーン」。
「P.e.」と大きな文字で刻み込まれているのが、まず目についた。
ピテカントロプス・エレクトスの略だ。

ピテカントロプスを表す「P.e.」という文字が刻まれた記念碑「トリニールストーン」。横に立っているのはインドネシア側の研究者、アジズ博士(筆者写す)

その下に、矢印と一緒に「175m ono」とある。「ono」はドイツ語で東北東の略語。つまり、東北東に175メートルのところにピテカントロプスの発掘地がありますよ、という意味。

さらに、下の段には「1891/93」とある。これは年代で、1891年から1893年まで発掘がおこなわれたことを示したもの。本当はもっと長く発掘は続けられていたのだが、この碑が建った年は1893年なので、こういう表記になっている。碑を建てた人物はジャワ原人の発見者で、オランダ人軍医だったウジェーヌ・デュボワだ。

さて、崖の縁に立って、「東北東175メートル」と思われる付近に目を凝らしてみた。
川が屈曲しているところに、不自然な幾何学模様が見えた。水面から長方形の「あぜ道」のようなものが顔を出している。長方形の中は水浸しになっていた。

碑に書かれている発掘の跡地だ。雨季には完全に水没してしまうのだが、ぼくが訪ねたのは発掘シーズンの乾季、9月である。デュボワが記念すべきジャワ原人の最初の頭骨を発見したのが10月1日。この川沿いでの発掘はだいたいこの時期がベストシーズンだ。

デュボアが指揮した発掘作業の跡地(筆者写す)

しかし、まあ、大規模な発掘現場だ。掘り起こされた区画が、いくつも連なっているのは壮観だ。試掘坑の面積は、この周囲だけで2300平方メートルを超えると聞いた(反対岸の発掘をあわせると2400平方メートル)。

オランダ人の工兵が2人と、何十人ものインドネシア人が10年間のべ49ヵ月にもわたって働いたというから、歴史的にみても相当に大規模な人類化石の発掘だった。

デュボワは1891年8月にここで発掘をはじめて、すぐに大量の哺乳類化石を見つけた。その中に、のちに「ピテカントロプス・エレクトス」のものとされる霊長類の臼歯があった。10月に頭蓋骨を見つけ、翌92年には直立歩行を示唆する形状の大腿骨を発見した。93年も発掘を続け、94年には発見を報告する論文を書いた。

「ピテカントロプス・エレクトゥス、ジャワで発見された移行型人類のヒトに似た一種」

ドイツ語の論文だが、タイトルを日本語に訳すとこのようになる。ピテカントロプス・エレクトゥスが世界にお披露目された瞬間だった。

世界で初めてジャワ原人の化石を発掘したウジェーヌ・デュボア(1858~1940)

デュボワは95年にオランダに帰り、その後はもうインドネシアに戻ってこなかった。発掘自体は、1900年まで続けられたものの、新たな化石人類の発見はなかった。さらに、1906年から08年にかけて、デュボワに刺激を受けたマルガレット・レノール・セレンカが率いる発掘隊がふたたび人類化石を探したものの、果たせなかった。

結局、トリニールで発掘された人類の化石は、デュボワが1891年から92年にかけて見つけたものだけなのだ。

デュボワには、どれだけのツキがあったのか!

はじめての「ミッシング・リンク」の発見だから、デュボワのツキはそのまま、科学にとって、ぼくたちにとって、輝かしくも幸運なことでもある。

また、「科学的」とはいえない感慨を言えば、この発見ゆえに、20世紀の日本の中高生が「ピテカントロプス=ジャワ原人」という文字列に出会い、心揺さぶられることになったのである。(次回に続く)
 

監修 海部 陽介かいふ ようすけ

人類進化学者 国立科学博物館人類史研究グループ長

1969年東京都生まれ。東京大学理学部卒業、東京大学大学院理学系研究科博士課程中退。理学博士。1995年より国立科学博物館に勤務し、現在は人類史研究グループ長。「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」代表。第9回(平成24年度)日本学術振興会賞。化石などを通して約200万年にわたるアジアの人類史を研究し、ジャワ原人、フローレス原人などの研究で業績をあげてきた。アジアへのホモ・サピエンスの拡散についての、欧米の定説に疑問を抱き、これまでグローバルに結び付けて考えられてこなかった日本の豊富な遺跡資料を再検討。著書『日本人はどこから来たのか?』(文藝春秋)。

関連記事

ABJ mark

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標 (登録番号 第6091713号) です。 ABJマークについて、詳しくはこちらを御覧ください。https://aebs.or.jp/