殺人事件の有罪判決をひっくり返した、勇気ある裁判官の告白

「徳島ラジオ商殺し」過ちの全貌
岩瀬 達哉

真実を貫いた「その後」

実際、地裁、高裁が証拠として採用した「確定記録」のひとつ、「実況見分調書」の中には「三四葉の写真を添付した」との記載がある。しかし現実には「二八葉」しか添付されていなかった。

この不可思議を、冨士茂子を有罪と認定した裁判官の誰ひとりとして指摘していない。

だが、再審請求審の段階になって、検察側は、それまで法廷に出してこなかった「不提出記録」22冊を開示。そのなかには、外部犯行説を裏付ける布団のシーツの上に残されたラバー・シューズの靴跡が明確に認められる写真が数枚あった。

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秋山は言う。

「誰が剥がしたのかはわかりませんが、もし、これらの写真が一審段階で裁判所に提出されていれば、茂子さんが犯人であるとする根拠は雲散霧消していたでしょう」

「再審開始決定書」は、こう締めくくられている。「(再審請求審で審理した)新旧証拠の総合評価を経た結果、三枝亀三郎殺害事件の真犯人は亡冨士茂子である旨断定した確定判決に対し、亡冨士茂子は無実であることが明らかな証拠が新たに存在するに至ったというに充分である」「本件につき、再審を開始することとしなければならない」

 

「裁判の理由は真実に沿わなければならない」とした法格言が、ようやく実践されたことになる。

「こんなひどいことをやってはいけない」

こう語気を強めて、秋山は語った。

「冨士茂子さんだけでなく、偽証を強いられたふたりの少年店員も、検察官によって不幸な役目を背負わされ、干天の熱砂の中をその重みに耐えながらひたすら歩くしかない可哀想なラクダのような人生を過ごすことになった。

その罪深い捜査と、真実探求の情熱を欠き公正な判断をしなかった裁判の実態を、後世に残すため、私はこの決定書の中に一審、二審判決の不合理な判断や不適正な証拠評価をぜんぶ引用したんです」

再審決定から11年後、秋山は依願退官し弁護士への転身をはかっている。

また、裁判長の安藝は、定年の1年前、福岡高裁宮崎支部長を最後に依願退職した。再審決定を下したことで、その能力に見合った処遇を受けられなかったと言われている。

しかしこの決定書は、「死刑冤罪無罪判決」とともに最高裁に与えた影響は少なくなかった。裁判員制度導入の引き金のひとつになっているからだ。

(文中敬称略・以下次号)

岩瀬達哉(いわせ・たつや)
55年、和歌山県生まれ。'04年『年金大崩壊』『年金の悲劇』で講談社ノンフィクション賞を受賞した。その他著書多数

「週刊現代」2018年3月10日号より