殺人事件の有罪判決をひっくり返した、勇気ある裁判官の告白

「徳島ラジオ商殺し」過ちの全貌
岩瀬 達哉

検察に協力した裁判所

もともと、この店員の供述は、検事に強要されての「虚偽の供述」だった。端から、凶器が出ないことを承知で、地検は、適正な捜査をしていることを世間に印象づけようとしたのである。

秋山の「再審開始決定書」は、この点にも触れ、「刺身包丁を新町川に投棄したとの(住み込み店員の)証言は、同人が投棄したと指示する場所を川ざらえしても発見できなかったことが既に第一、二審の段階で明らかであり」「(住み込み店員の)第一、二審証言が虚偽であったことを示している」

しかし、なぜ、裏付けのない泡沫のような店員の「供述」が、「茂子有罪の決定的支柱」となりえたのか。

この疑問に対し、秋山はこう解説した。

「種明かしをすると、検察官は、ふたりの住み込み店員から自分たちの描いたストーリー通りの供述調書を取るや、ただちに裁判所に依頼して、同じ内容の供述調書を取ってもらっていた。

だからふたりの少年は、法廷で、裁判官に取られた『裁判官面前調書』通りの証言をしているのです。

裁判官に取られた調書が、法廷証言のシナリオの役割を果たしていて、彼らの法廷証言は『動かぬ証拠』となった。捜査段階での供述調書を採用しなくても有罪にできたんです」

「裁判官面前調書」は、「任意の供述をした者が、公判期日においては前にした供述と異なる供述をするおそれがあり、かつ、その者の供述が犯罪の証明に欠くことができないと認められる場合には、……検察官は、裁判官にその者の証人尋問を請求することができる」との法令を根拠としている(刑訴法227条)。

元東京高裁裁判長は、大きなため息とともに、こう語った。

「これを使ったんだ。この条文は、滅多に使わないごくごく例外的な規定ですよ。供述変更もあるけど、法廷を待っていたんでは証言できなくなる病状の人だってありうるからね。

取り調べとして聞くんじゃなくて、裁判長が双方の立場に立って、公平に証言を取るという主旨。だから、できれば弁護人もつけて公平に聞く。正確な証言を残しておくという主旨であって、捜査の調書の内容を固めるために使うという主旨じゃない」

 

しかし、当時の徳島地・家裁のほとんどの裁判官が動員され、検察のストーリーに沿った「裁判官面前調書」が作成されていたのである。ある意味、捜査の片棒を担がされていたといえよう。

裁判がはじまるや、「冤罪」を作り出す捜査に自らが手を染めてしまったことに気づいた裁判官もいたはずだ。だが、後戻りはできない。無理やりにでも有罪判決を書かなければならない、との心境に陥ったのではないだろうか。

そんな裁判官の存在を視野に入れてか、「再審決定書」は、地裁と高裁の判決を痛烈に批判している。

「茂子有罪の心証はゆるがないとした……第一、二審の事実認定と証拠説示は、厳密に証拠に基き、それらを論理法則、経験法則に従って正しく評価するべき本来の事実認定の方法論とは相容れないものである」