「私は死んだのですか?」東北被災地で幽霊が出現した意味

生者と死霊の遭遇が意味すること
畑中 章宏 プロフィール

新たな“妖怪伝承”は生まれるか

被災地における霊魂譚のなかには、個人の霊と遭遇したというのではない体験も記録されている。

その男性は津波被災地の周囲に住む人で、震災から10日ほど経ってから現場を訪ね、死霊に憑かれてしまったようである。

男性は、アイスクリームを食べながら、クルマに「災害援助」という嘘の貼り紙をして被災地を歩いた。

するとその夜にうなされ、家族に向って「死ね、死ね、みんな死んで消えてしまえ」「みんな死んだんだよ。だから死ね!」と叫び、何日も暴れ回ったという。

その苦悩を聞いた宗教家は、死者に対する畏敬の念をもたず、興味本位で被災地を訪ねたためであろうと言った。

〔PHOTO〕gettyimages

震災以降に私が、被災地から伝わる話として興味を持ち続けているのは、幽霊体験ではなく、妖怪が発生したという事例である。

災害と妖怪』(2012年・亜紀書房)という本のなかで、私は河童や天狗、ザシワラシといった妖怪は、災害や戦争による「亡霊」とともに、生き残った人々のうしろめたさの感情、「生霊」が形をとり、伝承されてきたものではないかという仮説を立てた。

 

死霊に憑かられた男性の話は、ひとりひとりが分散した「個別霊」ではなく、無数の霊が結びついた「集合霊」だったといえるだろう。

しかし「妖怪」が誕生したという話はまだ聞こえてこない。社会や民俗が近代化してしまうと、妖怪は新たに生み出されてこないのだろうか。

被災地ではいまだ死者も生者も分断され、孤独にさいなまれている。

「個別霊」が集まり、「生霊」とも結びついたとき、被災地の精神的な復興が、少しでも果たされるのではないかと私は思うのだ。

【関連書籍】
東北学院大学震災記録プロジェクト・金菱清(ゼミナール)編『呼び覚まされる霊性の震災学――3・11 生と死のはざまで』(新曜社・2016年)
宇田川敬介『震災後の不思議な話――三陸の〈怪談〉』(飛鳥新社・2016年)
奥野修司『魂でもいいからそばにいて――3・11後の霊体験を聞く』(新潮社・2017年)
リチャード・ロイド・バリー(濱野大道訳)『津波の霊たち――3・11 死と生の物語』(早川書房)