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作家・村山由佳さんが初めて「暗黒小説」を書いた理由

「同じことを続けていては、と思って」

黒い影を描きたいと思った

―刀根秀俊、桐原美月、中村陽菜乃、正木亮介は同じ中学校に通う仲良しグループ。充実した日々を送っていた4人が、ある事件をきっかけに、生涯にわたって拭えない傷を負ってしまう。村山さんにとって、初のノワール(暗黒小説)『』のストーリーです。

これまで私の作品の多くは、恋愛小説や官能小説でした。でも、同じことを続けていてはモチベーションも下がるので、何か違うことをやってみたいと考えていたんです。

そんな時に、『週刊新潮』で連載のお話をいただき、黒い“影”のある小説を書きたいと思いました。そして、影の深さをより際立たせるには、その前にまばゆいほどの“光”がなければいけない。そう考えていくうちに、輝くような学校生活を送っていた少年少女が事件に巻き込まれ、傷を負いながらも再生するという設定に思い至ったのです。

―物語の中心人物である秀俊は父を早くに亡くし、母の愛人に暴力を振るわれるという過酷な日々を送っています。この彼の過去が、物語に重厚感を与えています。

以前から、男性がどうやって少年から“漢”になっていくのか興味があったんです。女性は初潮を迎えたり、妊娠したりという肉体的な変化が大きいですが、男性はむしろ精神的な通過儀礼を乗り越えながら大人になる。秀俊に多くの障壁を用意したのは、少年が漢になっていく過程を描きたかったからかもしれません。

―秀俊に密かに思いを寄せる美月は神社の娘。他人の身に起こった出来事が見えるという不思議な能力を持っています。

見えないはずのものが見えると言われると、スピリチュアルとか、オカルトだと思われるかもしれませんが、私はそういう能力があってもおかしくはないと思っています。

たとえば、コウモリは人間に聞こえない音域を聞き取ることができますよね。同じように、他の人には見えないものが見える人がいても不思議ではない。そういう、ある種の人智を超えた力を美月に持たせ、物語に幅をもたせようと考えました。

―厳格な母を持つ陽菜乃は、おっとりした性格ながら芯の強い女性です。

陽菜乃の母親は、自分なりに正しいことをしているつもりだけど、娘の気持ちを本当にわかってはいないタイプ。こういう母娘の関係には、私自身の来し方が投影されていると思います。私の母も、厳しい人でしたから。

自分の人生は自分で引き受けるしかない

―優等生で人づきあいもいい亮介はリーダー的な存在ですが、秀俊に嫉妬心を抱いています。

自分とはまったく違うタイプの秀俊に嫉妬し、出し抜こうとしたり、足を引っ張ろうとしたりする亮介に嫌悪感を抱く読者もいるかもしれません。ただ、誰でも少なからず持っている負の感情をさらけ出す亮介は、ある意味で一番、人間らしいとも言えるでしょう。

―4人の運命を暗転させるのは、夏休みに起こったレイプ事件。思わず目を背けたくなるほど、生々しく描写されます。

登場人物をそんな目に遭わせることに戸惑いましたし、どこまで書くかかなり悩みました。ただ、彼らの人生すべてを変えてしまうほどの出来事ですから、痛みをリアルに伝えなければ物語の説得力が失われると考えました。書いていてしんどい場面でしたが、この物語に絶対に欠かせない場面だったと思います。

―さらにもうひとつの事件が起こった後、秀俊はかねて付き合いのあったやくざ者・九十九誠と抜き差しならぬ関係に陥り、非合法な仕事にも手を染めるようになります。闇社会の描写は非常にリアリティが感じられ、読み応えがあります。

 

ときに肉親のように優しく接しながらも、秀俊を冷徹に利用する九十九は、自分が愛する者を苛めずにはいられないという屈折した感情を持っています。ここまで極端ではないにせよ、九十九と似たような感情は、誰にでも備わっているんじゃないかと思います。

極道の社会については、今回かなり勉強しました。そちらの方面に明るい知人に(笑)、ひと通り書き終えた段階で、やくざ社会の“専門用語”を監修してもらったほどです。