戦後日本人の思考回路を作った? アメリカ「対日宣伝工作」の真実

安易な善玉・悪玉史観に陥らないために
賀茂 道子 プロフィール

そして「ウォー・ギルト・プログラム」へ

終戦後、対日心理作戦に就いていたメンバーは、GHQ民間情報教育局で、メディアを利用した情報教育政策に携わることになった。情報教育政策とは、具体的には、日本国民から軍国主義思想を排除し、民主主義への理解を深めるための情報発信を行う政策である。

占領開始当初、民間情報教育局が最も力を入れていた情報教育政策は「ウォー・ギルト・プログラム」であった。

「ウォー・ギルト・プログラム」と言っても、これまた大半の人には馴染みが薄いものであろう。「ウォー・ギルト」は、日本語に訳せば「戦争の有罪性」ということにでもなろうが、非常に日本語に訳しにくい言葉である。逆に言えば、日本では、こうした概念がないということにもなる。

 

このプログラムは、占領開始当初、「無条件降伏」の解釈の違いから日本が占領管理体制をめぐって抵抗を試みたことに加え、日本軍が行った残虐行為が報道されていないことなどから開始されたものである。

平たく言えば、「日本は敗けたのに反省していない」と米側が捉えたことで開始された。近隣諸国との間に昨今起こっている歴史認識問題に関連して、「GHQによって歴史観を受け付けられた」と主張する人々が、その根拠としているプログラムでもある。

詳細についてはまた別の機会に譲ることにするが、このプログラムの企画立案は冒頭でも述べたように、対日心理作戦に従事していたブラッドフォード・スミスによって行われ、それを遂行したメンバーもすべて心理作戦メンバーであった。そのため、対日心理作戦で得られた様々な経験が反映されていた。

たとえば、プログラムでは日本軍が犯した残虐行為の暴露に力を入れていたが、その残虐行為とは、敵や占領地住民に対して行われただけでなく、傷ついた兵士を見捨てたことや下級兵士に自決を強要したこと、さらには残虐行為を行ったことで、国際社会での日本の評価を落としたことなども含め、日本人に対する罪でもあるとされていた。これは、対日心理作戦で議論されていたことを、そのまま引き継いだものである。

東京裁判(Photo by gettyimages)

占領政策は「押しつけ」だったか?

対日占領政策の最重要課題は、米国の安全保障上の目的、すなわち日本を二度と米国および世界の脅威とならない国に作り替えるという政治目的を達成することであった。

しかしながら、その目的に反しない限り、政策には、GHQメンバーの理想の民主主義国家を作るという理念や思想、さらにはそれまでの個人の経験などが反映された。

それは「ウォー・ギルト・プログラム」に反映された「日本人に対する罪」だけではない。憲法第24条の「結婚は両性の合意のみに基づいて行われる」との条項は、弱冠22歳であったGHQ民政局員ベアテ・シロタの強い希望で入れられた。

少女時代を日本で過ごしたシロタは、子供のころに見聞きした日本女性の境遇に心を痛めており、憲法にこの条項を入れることを強く望んでいた。なお、ベアテ・シロタも、戦時中には、対日心理作戦に関わっており、ラジオでのプロパガンダ放送の台本を作成していた。

米国の日本占領は、最も成功した占領と言われる一方で、憲法に見られるように、しばしば「押し付け」との評価が付きまとう。しかしながら、占領に対する評価は別として、少なくとも国民の多くにとっては、占領政策は歓迎すべきものであった。

なぜなら、占領改革は権力者ではなく、国民の大半を占める、農民、女性、労働者に向けられていたからである。そして、それを支えたのが、対日心理作戦で培われた日本人研究であり、対日心理作戦から続く、軍国主義者と国民・天皇を分断する方針であった。

戦後70年以上が経過し、憲法に代表される占領期に確立された戦後レジームの見直しが行われようとしている現在、占領を善玉・悪玉史観のような一元的な捉え方ではなく、対日心理作戦からの連続性との視点も取り入れて再検討することが、求められているのではないだろうか。

参考文献:土屋礼子『対日宣伝ビラが語る太平洋戦争』吉川弘文館、2011年